雨を食む 作・葉月まな 藤田 奈央・・・・まゆみの高校時代の後輩 小野 まゆみ・・・高校教師 ※静かな百合台本です。キスシーンあり。   夜。誰もいない図書室。静かにドアが開く。   カウンターに突っ伏して寝ている小野をみつけ、そっと近づく奈央。 奈央「先輩」 小野「ん……」 奈央「せーんぱい」 小野「……ん、んんー………」 奈央「もう、こんなところで寝ちゃだめですよー」 小野「……」 奈央「……起きない」 小野「……」 奈央「先輩、おーのせーんぱいってば」 小野「……んー…」 奈央「もう、この人は」 小野「………」   奈央、ちょっと頬を赤らめ小野の耳元でそっとささやく。 奈央「……ねえ。起きてください」   奈央、小さくため息。少しの間、小野の寝息だけが聞こえる。 奈央「……綺麗な寝顔。子どもみたい」   思わず見入る奈央。そっと小野の頬へ手をのばそうとする。 小野「(ぱっと目を開けて)寝てないよ」 奈央「!」 小野「あはは、奈央はいたずらっこだねえ」 奈央「び、びっくりしました」 小野「(にやりと笑って)大成功」   大きく欠伸をする小野。カウンター近くの机にちょこんと座る奈央。 奈央「眠そうですね」 小野「2時間寝たわ」 奈央「(お仕事)忙しいんですか?」 小野「さあ。いつも通りだよ」 奈央「ちゃんと寝てくださいね。7時間は寝ないとだめですよ」 小野「なに、心配性?」 奈央「先輩が危なっかしすぎるんです」 小野「へえ、そりゃ初耳だ」 奈央「周りの人はみんなそう思ってますよ」 小野「みんなが奈央みたいに優しくはないんだよ」 奈央「…わたし、優しくなんてありませんけど」 小野「優しいよ。気づいてないの?」 奈央「………」   間 奈央「(微笑んで)久しぶりに会ったと思ったら、ほんと相変わらずですね」 小野「はは、まあね」 奈央「小野先輩はずっと変わりませんね」 小野「そうだね。わたしの心は17の春から止まってるから」 奈央「なんですか、それ」 小野「ロマンチストの戯言よ」 奈央「ロマンチストだったんですか?」 小野「そこそこね」 奈央「へえ。もっと聞かせてください。その戯言」 小野「やだね」 奈央「黙って聞いてますから」 小野「駄目」 奈央「先輩」 小野「(いさめるように)奈央」 奈央「はい」 小野「こっから先はアウトよ、奈央ちゃん」 奈央「……」 小野「わかる?」 奈央「…わかりません」 小野「そう」 奈央「……」 小野「わたしね、物わかりの悪い女は嫌いよ」 奈央「知っててやってます」 小野「そう」 奈央「先輩、そういうの好きでしょう」 小野「ひねくれ者はもっと嫌い」 奈央「嘘つき」 小野「本当よ」 奈央「あの人のことは好きだったのに?」 小野「……あの人のことが好きだっただけよ」 奈央「……」 小野「……」 奈央「先輩」 小野「何」 奈央「なんで、今日きたんですか」 小野「……」 奈央「それだけ、教えてください」   間   小野、奈央の顎を持ち上げ、キスをする。 奈央「!」 小野「……ひとりでいたくなかったから」   奈央の目をじっと見つめる 小野「ひとりじゃいられないから、ここに来たの」 奈央「ここにいるほうが、」 小野「奈央がきてくれるかもって思った」 奈央「・・・・・・」 小野「奈央はいっつも、わたしのことちゃんと見てくれてたじゃん」 奈央「……そうですか」 小野「うん。奈央は賢いもの」 奈央「そんなことないです」 小野「そう?」 奈央「(つぶやくように)……勇気がないだけ」 小野「奈央のそういうところ、好きよ」 奈央「それは都合がいいからでしょう」 小野「奈央がそういうなら、そうなのかもね」 奈央「先輩の気持ちを聞いてるのに」 小野「あたしがどうかなんて関係ないよ。周りがどう見るかであたしっていう人間が形成されるんだからさ」 奈央「そうですか」 小野「そ。だから奈央の見てるあたしがすべてだよ」 奈央「…わたしはそうは思いませんけど」 小野「お?反抗的」 奈央「先輩はわたしに見せてくれないとこ、たくさんあるでしょう」 小野「うーん」 奈央「ずるい」 小野「じゃあこれでどう?奈央の見てるあたしが、奈央のなかのあたしとしてはすべて」 奈央「……」 小野「これで理屈屋奈央ちゃんも納得?」 奈央「それって、すごく寂しいです」 小野「そう?」 奈央「別にいいですけど」 小野「そう」   間 奈央「雨のにおいがする」 小野「そう?昼間は晴れだったのになあ」   奈央、立ち上がり窓を開ける。 奈央「ほら、雨のにおい――あれ」 小野「真っ暗ね」 奈央「地面も濡れてないし」 小野「気のせいじゃない」 奈央「うーん、でも確かに(したのになあ)」   奈央、大きく息を吸い込んでみたり舌をだしてみたりする。不満そうな顔。 奈央「雨のにおい…」 小野「湿気こもってるからじゃない、ここ」 奈央「そういうのとは違いますから。もっとなんか、うーん(うまく言えない)」 小野「そうなの?」 奈央「そうです。先輩、わかりませんか?(言いながら元の机に座りなおす)」 小野「うーん、いまいち」 奈央「そっかあ……」 小野「奈央は動物的なんだね」 奈央「…ちょっと馬鹿にしてます?」 小野「ううん、ちっとも」 奈央「…あの味…におい?あれがすると、もうすぐ雨がくるんだって思うんです」 小野「あー、雨がくる合図はね、あたしにもあるよ」 奈央「なんです?」 小野「偏頭痛」 奈央「あ、気圧で?」 小野「そ。頭がきゅーっと痛くなると、大体雨降るよ。だから雨は嫌い」 奈央「わたしも、雨は嫌いです。雨の日はなんだか、同じ場所でもすごく暗くて寂しく見えて怖い」 小野「電気つけてもなーんか辛気臭いしね」 奈央「黒板の字なんかもぼんやりして見えたりして」 小野「…そっかあ」 奈央「え?」 小野「あの日も、雨だったんだね」 奈央「ああ……(少しうつむく)」 小野「今の今まで忘れていたけど」   間 小野「なんで、忘れちゃってたんだろうね」 奈央「…もう7年ですから」 小野「うん」 奈央「忘れることくらいありますよ」 小野「(窓の外を見ながら)まだ7年かあ」 奈央「……」 小野「100年くらい経っちゃったかと思った」 奈央「先輩は変わらないのに?」 小野「そう。17歳のまま」 奈央「でも先輩、もうセーラー服なんて着れませんよ」 小野「そりゃあね」 奈央「あのときはここの生徒だったけど、今じゃ立派な先生で」 小野「そこそこ人気もあるしね」 奈央「お化粧なんかも覚えちゃって、余計綺麗になってるし」 小野「サンキュ」 奈央「余計に痩せて、心配だし」 小野「ふふ」 奈央「昔みたいには笑ってくれなくなりました」 小野「……うん」 奈央「……」 小野「あたしがあの人と付き合ってるときさ。奈央いっつも話聞いてくれてたよね」 奈央「懐かしいですね」 小野「わたしなら絶対そんなことしないのに!っていっつも怒ってたよねえ」 奈央「だって、あんまりでしたもん。見てられなかった」 小野「そうねえ、変わった人だったよね」 奈央「ええ」 小野「こんなに好きなのに、こんなにも分かり合えない人っているんだなって思った」 奈央「……」 小野「――でもあたし、奈央のことなんにもわかってなかったね。あの人のこと、言えないな」 奈央「(黙って首を振る)」 小野「……なんで、あんなことに――」   言いかけて黙り込む小野。影になって表情は見えない。沈黙。 小野「……雨?」 奈央「え?」 小野「雨の音…」 奈央「しますか?」 小野「しない、か……」 奈央「……」 小野「…ごめん」   間 奈央「…先輩」 小野「ん」 奈央「許してくれないのは、先輩自身じゃないんですか」 小野「……」 奈央「誰も先輩のこと、責めたりしてないですよ」 小野「そうかもね」 奈央「だから先輩も忘れませんか」 小野「忘れることはできないよ、たぶん」 奈央「意味がなくても?」 小野「うん。でも、ずっと悲しんでもいられないの。それが悲しい」 奈央「……」 小野「ずっと続くものなんかないんだなあ。あのときは地球が爆発しちゃうかと思ったのに。    バカみたいだけど、本気で死んじゃうかもって思ってたんだよ、あたし」 奈央「…爆発しなくてよかったです」 小野「ふふ。あたしの世界は爆発したけどね」 奈央「それでも、先輩はここにいる」 小野「なんでだろうね」 奈央「……わたしは、感謝しています。先輩が生きてくれてよかった。たとえ先輩がつらくても」 小野「やさしいね」 奈央「自分勝手なんです」 小野「やさしいなあ、奈央は。でも知ってる?やさしさって人を傷つけるんだよ」 奈央「……すみません」 小野「なーんちゃって!うそうそ。なあに、奈央、くらーい顔しちゃってさ」 奈央「別に」 小野「あはは、なに、嘘よ?本気にしないでよ」 奈央「先輩のそういうところが好きです」 小野「へえ、変な趣味」 奈央「なんとでも言ってください。知ってるくせに。わたしはずっと、先輩のこと好きですよ。    15の春に出会ったあの日から」 小野「…懲りないねえ、奈央は」 奈央「変わらないものはあります」 小野「どうだかね」 奈央「じゃあ、教えてあげます。わたしが」   奈央、そっと小野の額へ口づける。 奈央「なにがあっても、先輩のこと肯定し続けますよ。先輩がどんなにひどいことをしても」 小野「あたしはなんなのよ。犯罪者?」 奈央「わたしは、共犯者です」 小野「…真顔で言うんだからタチが悪いわ」 奈央「ええ。何もいりません。17歳のままの先輩でも構いません。だから、一緒に逃げましょう」 小野「逃げるの?」 奈央「そうです。現実から逃げるんです」 小野「手を離すかもよ?」 奈央「追いかけます」 小野「いきなりいなくなるかも」 奈央「またどうせここへ戻ってきますよ」 小野「そうかしら」 奈央「だって7年間、毎日じゃあないけど…先輩はここにきてくれたじゃないですか」 小野「…バカね」 奈央「バカです」 小野「(優しく微笑む)」 奈央「…わたしすごく計算高いんです。全部、先輩を手に入れるためならって、今も思ってます」 小野「優しいなあ、奈央は」 奈央「ずるいんです」 小野「あたしにとっては優しさだよ。それがすべて」   小野、目を閉じて奈央の頬へ口づけ、そっと抱きしめ頬を寄せる。 奈央「先輩の心臓、ドキドキしてる」 小野「奈央のほっぺは冷たいね」 奈央「すみません」 小野「ひんやりしてて気持ちいい。ずっとこうしてたくなる」 奈央「(黙って頬を赤らめ、うつむく)」 小野「愛しいわ。食べちゃいたいくらい」 奈央「先輩は嘘が上手いですね」 小野「…ごめんね」 奈央「でもそういうところが好きでした」 小野「…うん」 奈央「今も。好きですよ」 小野「あたしは、」 奈央「先輩もわたしのこと、好きですか?」 小野「……好きよ」 奈央「ありがとうございます」   間。抱き合ったまま目をつむっている二人。 奈央「先輩」 小野「ん」 奈央「もう、大人になってもいいですよ」 小野「……」 奈央「いいんですよ」 小野「気が向いたらね」 奈央「……」 小野「奈央、好きよ」 奈央「……わたしのほうが好きですよ」 小野「そうかなあ」 奈央「ごめんなさい」 小野「いいよ」 奈央「……」 小野「奈央がくれたぶんだけ、あたしも奈央のこと許してあげる」   きつく奈央を抱きしめる小野。 奈央「……先輩」 小野「なあに?」 奈央「口、開けて」 小野「ん」 奈央「深呼吸してください」 小野「ん…?」 奈央「吸って」 小野「(深く息を吸う)」 奈央「ほら、雨のにおい」    Home inserted by FC2 system