振り向かないで 作・葉月まな(2015.10.02更新) --------------------------------------------------------------- 初恋は叶わないって、いうよね。 初恋神話を引きずってしまった初恋へ依存している女の子と 他人のものを愛してしまうマゾヒストと そんなマゾヒストにたまらなく興奮する快楽主義者と どこにも執着できず居場所をもてないさみしがり屋さんのおはなし。 手に入らないからほしくなるものって、あるよね。 --------------------------------------------------------------- ・みなみ(21)  初恋の人を忘れられない。少女漫画愛好家。 ・祥二(26)  異常なほどに寂しがり。芸術家。 ・幸始(21)  マゾヒスト。みなみの大学の友人。 ・優子(35)  祥二の恋人。官能小説家。 ※祥二のみ台詞はありません。存在がでてくるだけです。 ※登場人物紹介の文面は直接的には関係ないことばかりですが、  演じる際の参考になればと思います。 ---------------------------------------------------------------
[シーン1] みなみ  どうしよう。ねえ、幸始くん、どうしよう! 幸 始  さっきからそれしか言ってないよ  みなみ  だって、ねえ!すごくない?運命じゃない?  幸 始  運命って みなみ  だって、もう10年だよ?10年。10年ぶりの再会だよ? 幸 始  初恋の人、ねえ。そんなにかっこいいの?その"祥ちゃん"って  みなみ  そりゃあ、もう  幸 始  僕より? みなみ  え? 幸 始  僕よりいい男? みなみ  えぇー 幸 始  僕だって、そこそこモテるんだけど みなみ  もう 幸 始  僕じゃ足元にも及ばないほど、いい男なの? みなみ  幸始くん! 幸 始  みなみちゃんが僕を好きになってくれないのは、ぜーんぶその男が原因なんでしょ? みなみ  原因って言い方、ひどい 幸 始  でも、そうでしょ?  みなみ  そう、かもしれないけど・・・ 言いよどみながら、頬を赤く染めるみなみ 幸 始  初恋の人が忘れられない、なーんていまどきドラマでもなかなか聞かないよ? みなみ  いいでしょ、別に 幸 始  しかもその男にたまたま・・・いや奇跡的に?再会、なんてしちゃってさ 幸始、少し間をおき、意味ありげにみなみの顔をのぞきこむ 幸 始  おまけに男女の仲になって、なーんて みなみ  ・・・なにが言いたいの? 幸 始  みなみちゃん、まるで少女マンガのとぼけた主人公みたいだ。 かわいい顔して、キレイゴトならべて、ヤることヤってるヒロイン。多いよねえ、最近 みなみ  ひどい言い方 幸 始  それを僕に嬉々として報告してくるってとこが、またエグいよねえ みなみ  う・・・それは 幸 始  自分のことを好きな男に、ほかの男との話するんだもんね?みなみちゃんったら みなみ  ごめん・・・でも、ほかにこんなこと言える人いなくって 幸 始  僕はいいの?  みなみ  幸始くんは、なんか、大丈夫 幸 始  へえ。喜んだらいいのかわかんないね  みなみ  ごめんね。ごめんなさい 幸 始  べつに。みなみちゃんのそういうちょっと考えなしなところも、僕は好きだよ みなみ  ・・・ごめんなさい 幸 始  で?どうだったの? みなみ  え? 幸 始  初体験のご感想は?  みなみ  え?!なんで、言わないよ?! 幸 始  なーんだ、てっきり自慢したいのかと みなみ  そんなわけないでしょ!相談しようと思って呼んだんだよ、今日は! 幸 始  相談? みなみ  実は、その。誰にもいえないのには理由があるの 幸 始  へえ。だから部屋に呼ばれたわけか みなみ  あの・・・内緒ね 幸 始  もちろん 声をひそめ、幸始に耳に口を近づけるみなみ みなみ  祥ちゃん・・・ほかに女の人がいると思うの 幸 始  なんで? みなみ  その・・・電話、かかってきてて。してるとき、ずっと 幸 始  電話? みなみ  うん、画面見えちゃって。っていうか、隠そうともとめようともしなくて 幸 始  そりゃあ・・・すごいね  みなみ  いいの?ってきいたら 幸 始  うん  みなみ  ――"今はみなみちゃんと一緒にいるでしょ?"って言われて  幸 始  わあ みなみ  そうだね、としか言えなくて 幸 始  いると思うじゃなくて、完全にいるじゃん、それ みなみ  やっぱり? 幸 始  ・・・で?  みなみ  で?って? 幸 始  その男は完全にクロだね。で、どうするの? みなみ  どうするって」 みなみの携帯へ電話がかかってくる 気まずい沈黙 みなみは申し訳なさそうな顔をしながら電話に出る みなみ  はい、も、もしもし、祥ちゃん?どうしたの、こんな遅くに。えっ、今?今は、その・・・ 幸始をチラリと見て みなみ  とくに、なにも。お家でまったりしてただけ。      えっ?今から?あっ、いや、別にいやとか、そんなの 幸始、呆れたようにため息 はじめは幸始に気を遣っているが、段々テンションがあがってくるみなみ みなみ  そんなの・・・うれしいに決まってるじゃん。うん、わたしもすごく会いたかった。      うん、うん、じゃあお片づけしてまってるね、うん、気をつけてね、はーい、じゃあね  幸 始  例の?  みなみ  うん、なんか、今からくるって 幸 始  今から?もうすぐ日付越えるのに? みなみ  う、うん 幸 始  非常識にもほどがあるね みなみ  や、ちがうの――急に、会いたくなっちゃった、って。 幸 始  はぁ みなみ  バカだよね、わたし。自分でもわかってるの・・・      でも嬉しくて、すごく嬉しくて、      もう心臓、飛び出しちゃいそうなくらい、びっくりするほど嬉しくて―― 幸 始  みなみちゃん みなみ  ごめん、幸始くん。わたしから呼び出したのに、ごめんなさい 話を聞く気がないと悟り、立ち上がる幸始 幸 始  ・・・今度埋め合わせしてよね みなみ、ほっとした顔 みなみ  うん!する!なんでもする! 幸 始  まったく・・・  みなみ  ほんとにごめんね、下まで送るよ 幸 始  いいよ、遅いし、今日寒いから みなみ  でも 幸 始  みなみちゃん 語気を強めて遮る幸始 一歩みなみに近づき みなみ  はい 幸 始  気にしなくていいから、なにかあったら教えて。すぐ飛んでくるから みなみ  ・・・ありがとう 幸 始  あともうひとつ みなみ  ? 幸 始  男に、なんでもする、とか言うんじゃありません みなみ  え 幸 始  無防備すぎるよ みなみ  ごめんなさい 幸 始  そういうとこ、心配になる みなみ  あっ みなみの頭を、ぐいと胸に引き寄せる幸始 幸 始  目が離せなくなる みなみ  や、・・・ごめん みなみが困っているのをみて、ぱっと手を離す幸始 幸 始  好きだよ。わかってくれないから、何度だって言う みなみ  うん・・・ 幸 始  じゃあね、また学校で みなみ  うん、じゃあね みなみ  幸始くんは、大学のお友達。      かっこよくて、優しくて、女の子にモテる。器用になんでもこなすし、友達も多い。      けれど、どこかつかみどころがない、不思議な男の子。      誰とでも一定の距離を保っていて、いつもにこにこしている。      フランクだけど、なかなか内側にいれてくれない。彼は――      彼は、祥ちゃんにどこか似ている [シーン2] 優 子  あら、幸始くん 幸 始  あら、じゃないよ。何回もチャイム鳴らしたのに 優 子  だって、わかっていたもの。幸始くんだって 幸 始  僕だって、出迎えてほしいときもあるよ? 優 子  ふふ、ごめんなさい 幸始、ちらっと机をみて 幸 始  優子さんは、相変わらずだね  優 子  そう? 幸 始  集中するとなーんにも聞こえない、見えない 優子、にっこり微笑み幸始の頬をなでる 優 子  だから、ここを知っているのは幸始くんだけよ。わたしのことをきちんとわかっている人だけ 優子の手にそっと自分の手を重ねる幸始 幸 始  仕事場、なんて。都合のいい名前  優 子  素敵でしょう? そっとキスをする 幸 始  ・・・優子さんに、会わせたい人がいるんだ  優 子  あら、どんな子? 幸 始  かわいい子  優 子  素敵。恋人なの? 幸 始  まだ 急にいたずらっぽい表情を浮かべる優子 優 子  まだ、ね。いい響き! 幸 始  きっと気にいるよ、優子さんも 優 子  幸始くんがそういうなら、きっとそうね ぎゅっと軽くハグをして、机に戻る優子 幸 始  式の準備は進んでる? 優 子  そうね、なんだかあんまり興味がもてないの 幸 始  結婚式に? 優 子  大げさな準備をして、大げさに祝って、大げさに泣いて。疲れちゃうわ 幸 始  そんなこと言わないで。僕は見たいな、優子さんのウエディングドレス姿 優 子  35を過ぎた花嫁なんてね、とんだ見世物よ。少女趣味なドレスなんか着ちゃって 幸 始  そんなことないよ。わかってるでしょ? 優 子  あら、わからないわ。わからないことだらけよ 優子、目を細めてにっこり 優 子  年なんてね、重ねるだけ。なんにも変わりやしないのよ 幸 始  僕は、そういう優子さんが好きだよ 優 子  ありがとう、知ってるわ みなみ  祥ちゃんは、5つ離れたお兄ちゃんの友人でした      大きな瞳と、長いまつげはまるで女の子みたいで      その整いすぎた横顔にはどこか影があって      周りの男の子たちがみんなくだらなく思えるくらい、魅力的でした           高校生になると、祥ちゃんは遠くにある私立の名門校に行ってしまいました      完璧すぎる祥ちゃんは、わたしにとって手の届かない存在でした      永遠のあこがれでした      けれど、今になって気づくのは、祥ちゃんは完璧なんかじゃなかったということ      祥ちゃんには、大きな欠点がひとつあるということ      それは、やさしすぎて冷たい、ということです      祥ちゃんといるとき、わたしはヒトではなく女として扱われます      それはとても切なくて、だから病みつきになるのです      麻薬みたいなやさしさに、わたしは溺れてゆくのです      祥ちゃんのつめたいやさしさには、妙な非現実感がありました [シーン3] みなみ  おいしかったあ〜・・・幸せ! 幸始   満足いただけたみたいでなにより みなみ  幸始くんって、おいしいお店たくさん知ってるよね 幸 始  食べることを、大切にしているからね みなみ  大切に? 幸 始  自分の一部をつくるものでしょ、食事って。慎重にもなるよ みなみ  そんなこと考えたこともなかった。幸始くんって、丁寧に生きてるんだね  幸 始  そんなことないよ。自分に毒なこともたくさんしてる みなみ  たとえば? 幸 始  決して振り向かない人をずっと好きでいる、とか さっと頬を赤らめ、そっぽを向くみなみ みなみ  もう、意地悪しないで 幸 始  意地悪じゃないよ みなみ、複雑な表情 幸 始  ふふ、みなみちゃんはかわいいね 店の扉がそっと開く 幸始、振り向かずに 幸 始  優子さん、こんにちは。待ってたよ 優子、にっこりと微笑み幸始の隣に腰掛ける みなみ、突然のことに状況が飲み込めない 優 子  はじめまして、みなみちゃん みなみ  あ、え・・・?はじめまして 幸 始  紹介するよ。優子さん、僕の義兄の奥さん 優 子  に、もうすぐなる予定なの 幸 始  そしてこっちが、みなみちゃん みなみ、おずおずと会釈をする 幸 始  僕の義兄にずーっと片思いをしている、かわいい女の子 みなみ  !? 優 子  なぁんだ、そういうこと!嬉しいわ、みなみちゃん。仲良くしてね みなみ  えっ・・・?! 幸 始  わかりにくかったかな?優子さんはね、みなみちゃんが大好きな祥ちゃんの奥さんだよ 優 子  もうすぐ、ね?式はまだなの。籍も みなみ  どういうこと? 優 子  祥二も幸始くんも、やっぱり同じ父の子ね。女の子の好みがそっくり 幸 始  兄さんのほうが節操ないけどね 優 子  あれはね、もうしょうがないのよ みなみ  幸始くんと祥ちゃんが兄弟? 幸 始  そうだよ みなみ  優子さんと祥ちゃんが、恋人? 幸 始  どちらかといえば夫婦かな 優 子  年齢的にも"彼氏"じゃ恥ずかしいものね 優子、いたずらっぽく笑い 優 子  35にもなって、ね? みなみ  じゃあよく掛かってくる電話の相手は―― 優 子  電話? 幸 始  優子さんじゃないよ。優子さん、電話だめなんだ。恥ずかしがって、ね? 優 子  35にもなって、ね? 優子と幸始の間に甘い空気が漂う 呆然とするみなみ 少しの間 優 子  たぶんそれ、他の女の子よ、単に みなみ  他の? 優 子  祥二、たくさんフラフラするけれど、切り方は一向に上手くならないの。      だから粘着されるのね  幸 始  頭悪いんだよね 優 子  26にもなって、ねー? みなみ、平然と話す二人に段々と苛立ち始める みなみ  優子さんは・・・優子さんは、平気なんですか 優 子  なにが? みなみ  わたし 一瞬言葉に詰まる みなみ  わたし、祥二さんと、その、会ったり・・・とかしてます 優 子  いいんじゃない? みなみ  デートとかも!時々だけど、するし 優 子  うん? みなみ  お家に泊まりに来たりも 優 子  するでしょうねえ みなみ  その!わたし、その・・・・セックス、も、しました 優 子  ふふ、でしょうね みなみ  そういうの、いいんですか?優子さんは―― みなみ、さっと顔が青ざめる     みなみ  わたしだったら、わたしは、いやです 優 子  ふふふ、かわいい みなみ  えっ? 優 子  みなみちゃんって、かわいいのねえ みなみ  ええ・・・? 優 子  わたしたちはもう10年も一緒にいるけど、そういうことは殆どしないの。      好きじゃないのよ、単純に みなみ  それは 優 子  彼との、セックスがね みなみ  え・・・ 優 子  わたしと彼は恋人だったし、夫婦にもなるけれど、それは決して、ただの愛じゃないの。      お互いにそうすることがいいと思って、決めたのよ みなみ  そんな、愛の無い結婚なんて 優 子  愛がないわけじゃないのよ。むしろありすぎるくらいよ 笑顔で言い放ったあと、少しの沈黙 優 子  むずかしいわね、愛なんて 間   みなみ  ――でも、わたしには祥二さんしかいないんです。      ずっと祥二さんだけなんですわたしの中には。      もうどうしようもないくらい―― 優 子  デートもお泊りもセックスも、好きにしていいのよ?止めるつもりはないわ みなみ  どうして? 優 子  わたしと祥二のつながりには関係ないから みなみ  わたしには、わたしには関係あります。優子さんと祥二さんの関係 みなみ、すこし俯いて涙ぐむ みなみ  お願いだから、とらないで―― 優 子  とる、なんて。そんなことするつもりないわよ みなみ  好きなの、好きなんです、すごく 優 子  そうね 涙をこぼすみなみをいとおしそうに眺める優子 優 子  みなみちゃん      みなみちゃんは、大丈夫よ。祥二以外にもきっといい人が見つかるわ。まだ若いんだし みなみ  そういう問題じゃ 優 子  だめよ 静かに、でも強いその言葉にみなみは一瞬ぞっとする 優 子  彼しかいない、なんてね、そんな簡単につかっていい言葉じゃないの みんな  そんな・・! みなみ、思わず立ち上がる と、幸始と優子がそっと机の下で指を絡めているのを見てしまう みなみの視線に気付きながらも、気にする素振りすら見せない二人 優 子  100万人愛してみて、それでもだめだと思ったら、また祥二のところにきたらいいわ。      彼は誰でも受け入れてくれる。自分に好意的な人はだれでも、ね 幸 始  優子さん、時間 優 子  ありがとう。さすが幸始くん 幸 始  当たり前でしょ。今日はありがとう 優 子  素敵な時間だったわ 幸 始  また 優 子  また近いうちに、ね 軽い抱擁をかわす二人 優 子  みなみちゃんもね。今度はもっとゆっくり。おいしいフレンチでも食べましょう 優子、軽やかに店をでていく その後ろ姿をうっとりと見つめる幸始と、ひどく傷ついた表情のみなみが取り残される みなみ  ・・・なんで? 幸 始  なにが?  みなみ  どうしてこんなことしたの 幸 始  どうして? みなみ  幸始くんがなに考えてるのかわかんないよ 幸 始  僕は、みなみちゃんに幸せになってほしいだけだよ みなみ  優子さんは、ずっと笑顔だった。穏やかな笑顔      幸始くんはそんな優子さんを隣でただじっと見つめていた           祥ちゃんにほかに女の子がたくさんいること      幸始くんの兄であること      もうすぐ結婚してしまうこと。どれもショックだったけど・・・      ・・・優子さんは、たしかに美人だったけど、どこかおかしいとおもう      旦那の浮気相手と仲良くしようなんて、      どう考えたらそんなこと思えるんだろう。ぞっとする [シーン4] 優 子  みなみちゃんから連絡してくれるなんて嬉しい みなみ  いえ。先日はその、どうも 優 子  ふふ、あがって?新居だからなにもないんだけど 優子、お茶の用意をする シンプルな部屋 みなみ  優子さんは、わたしのことどう思ってるんですか 優 子  あら、なんだか恥ずかしいわね。かわいい子だなて思ってるわ みなみ  そうじゃなくて! 優子、振り返る みなみ  そうじゃなくて、怒ったりとかしないんですか。わたし、祥二さんの浮気相手なのに 優 子  どうして?だってみなみちゃんはわたしと同じ。祥二を好きな仲間でしょう? みなみ  仲間? 優 子  祥二を好いてくれる人を、嫌いになることなんてできないの。わたしはね  みなみ  ――優子さんのそういう恋愛論、よくわかりません 優 子  ふふ、よくいわれるわ みなみ  ――好きな人に、自分だけを好きになってもらいたいって思うのは、      そんなにおかしいですか。      わたしは優子さんみたいに綺麗じゃないし、大人でもないし、      祥ちゃんが絶対自分のとこに帰ってくるっていう自信もないし、      だから全部受け入れるとか、なにしてもいいとか、そんなこと絶対いえないけど      けど、わたしのほうが優子さんより、ううん、      わたしが世界で一番祥ちゃんのこと好きって、その自信だけはあります。      優子さんにはわからないかもしれないけど、祥ちゃんにも伝わらないと思うけど、      本気でそう思ってます 優 子  みなみちゃん みなみ  受け入れることが、許すことだけが愛じゃないと思う 優 子  みなみちゃん? 固く握り締められたみなみの手にそっと触れる優子 優 子  わたしとみなみちゃんは、まったく別の人間だわ。      祥二とみなみちゃんも、わたしと祥二も。      わたしも祥二も、まともとは言い難い変わった人間よ。      誰かに理解してもらおうなんて、もらえるなんて、これっぽちも思ってないの みなみ  じゃあ、幸始くんは、優子さんのこと全部理解してくれるから、      だから彼とずっと一緒にいるんですか? 優 子  みなみちゃん!      誰の心にもね、秘密はあるわ。人と違った形をしたところも。      そういう心のやわらかい部分を、わたしたちは認めあっているの。      男と女じゃなくて、人間として、そばにいることが正しいと。      少なくともわたしたちはそう思ってる。      みなみちゃんに受け入れてもらえないことは悲しいけど      わたしたちにとっては大したことじゃないの。お互い以外ね。      それは幸始くんも例外ではないし、彼はそれもわかっているわ 沈黙 みなみ  ・・・でも、わたしは、やっぱり祥ちゃんのこと、すごく愛していて      愛しているからこそ許せないし、許せないけどやっぱりすごくすごく好きで みなみ  だから、結婚しないでほしいって、思う、し [シーン5] 幸 始  顔、あげなよ みなみ  無理 幸 始  わかっててきたんでしょ みなみ  そうだけど      でも、悲しいものは悲しいよ 幸 始  そうだね みなみ  幸始くんもでしょ 幸 始  どうして みなみ  優子さん 幸 始  僕はむしろ、嬉しいくらいだよ みなみ  嘘だ。好きな人が別の人のものになって嬉しいなんて、そんなの嘘。絶対嘘 幸 始  嘘じゃないよ みなみ  強がり 幸 始  優子さんは、最初からずっと兄さんのものだったよ。この10年ずっと みなみ  ・・・10年、かあ 幸 始  優子さんのことはね、たぶんずっと好きだよ      どんなことされても、死ぬまで。ずっと好き みなみ  死ぬまで? 幸 始  死ぬまで みなみ  死ぬまで、かあ・・・ 幸 始  でも、だからってみなみちゃんのことを好きになっちゃいけないなんてこともないでしょ みなみ  いけなくは みなみ  ない。・・・のかも 幸 始  うん みなみ  ――わたし、この間優子さんのお家にいったの 幸 始  へえ みなみ  結婚やめてくださいって、祥ちゃんと別れてくださいって言うつもりでいったの     でも、言えなかった。・・・言えなかったんだ・・・ 幸 始  うん みなみ  祥ちゃんのことは優子さんに負けないくらい好きだよ。      考えるだけで心臓が痛くなるくらいめちゃくちゃ好き。大好き。      でもどれだけわたしが祥ちゃんのことを好きでも、      そんなの祥ちゃんにとって関係ないことなんだってことに気づかされちゃった 幸始、そっとみなみの肩を抱き寄せる みなみ  悔しいけど、それはそうなんだと思うよ      なんて勝手な人なんだろう、      こんなに夢中にさせておいて、自分の中には一歩たりともいれてはくれないの。残酷      だけど、好きなんだよ 幸 始  うん みなみ  すごく、すごく、好き 幸 始  僕はそんなみなみちゃんが好きだよ みなみ  ひどい 幸 始  どうして みなみ  こんな弱ってるときに優しくするなんて、ひどい 幸 始  ひどくてもいいよ。それで好きになってくれるなら みなみ  ひどい・・・ 幸 始  みなみちゃんを手に入れるためならなんだってする。すきだから みなみ  嫌なのに 幸 始  嫌じゃないでしょ みなみ  嫌だよ・・・ そっぽを向こうとするみなみを、さらに強く抱きしめる幸始 幸 始  みなみちゃんが嫌なのは、嘘になることだ みなみ  ――幸始くんは、意地悪だよ 幸 始  意地悪でもいいよ。なんとでもいいなよ。      みなみちゃんは絶対僕のところにくるから みなみ  バカみたい 幸 始  そうだね みなみ  わたしもバカだよ。一緒だね 幸 始  一緒だ みなみ  幸始くん。わたし、どうしようもなく女だよ。自分がいやになる 幸 始  でも僕は好きだよ みなみ  さっきからそればっかり 幸 始  好きだよ みなみ  祥ちゃんのことだけを、ずっと好きでいたいのに みなみ、そっと幸始を抱きしめ返す みなみ  自分を愛してくれるもののほうが、大切に思えてきちゃう・・・ 幸 始  兄さんを好きなままのみなみちゃんでいいよ みなみ  幸始くんのこと、全然好きじゃないかもよ? 幸 始  うん みなみ  誰でもいいって、しがみついてるだけかもよ? 幸 始  それでもいい みなみ  よくないよ 幸 始  いい みなみ  よくない 幸 始  僕がいいって言ってるんだから、いいの みなみ  ・・・・・・うん みなみ  そっと遠慮がちに繋がれた左手は、夏だというのにひんやりしていて。      わたしの頬の涙のあとはとっくに乾いていて。      わたしたちはそっと、でもしっかりと手をつないだまま賑やかな式場へ戻った。      祥ちゃんにも優子さんにも、どんな顔をすればいいかわからなかったけど、      幸始くんの隣にいると、なぜか自然と笑えていた。不思議。           ううん、なにも不思議じゃない。      わたしは、ずっとこうするべきだったんだ。      不倫なんてやめて―― みなみ  わたしは、幸始くんを祥ちゃんの身代わりにした [シーン6] 幸 始  お疲れさま 優 子  疲れた。人の目に晒されるのって、やっぱり苦手 幸 始  綺麗だったよ。今まで一番綺麗だった 優 子  ふふ、褒め上手 幸 始  本当のことだもの 優 子  みなみちゃんと、おめでとう 幸 始  ありがとう 優 子  最高のシチュエーションね 幸 始  別の誰かを好きなもの同士なんて、ね 優 子  晴れ晴れとしてる。いい顔 幸 始  ・・・ほんと、歪んだフェチズムだ 優 子  でも、いいものでしょ? 幸 始  たまんないね 優 子  義理の兄の妻と愛し合いながら、その兄を好きな女と共にいる、なんて、詩的ね 幸 始  これくらいじゃないと、優子さんに飽きられちゃうからね 優 子  まあ 幸 始  それだけじゃないけど、それが大部分だよ 優 子  かわいい 幸 始  好きだよ、優子さん みなみ  好きって言葉は、魔法みたい。ううん、呪いかな。      好きっていう度にどんどんどんどんその言葉が現実になって、がんじがらめにされる。      好きっていわれる度に、どんどん離れられなくなる。         好きだよって、呪いみたい Home
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