君の右を独占する 作・葉月まな ※あかね、ケイトは被り可能   あかねとはるき、一緒に古い映画を見ている。 ケイト「戦争なんて馬鹿げてるわ」 アラン「そうだね」 ケイト「人間は過去に学ぶこともできないの? 愚かだわ」 アラン「ああ。だから愛しい」 ケイト「…あなたも馬鹿なの?」 アラン「君がそう思うんならそうかもね」 ケイト「じゃあ馬鹿だわ。わたし、馬鹿は嫌いなの」 アラン「でも君は優しい」 ケイト「…(ため息)嫌いだわ」 アラン「そうかい、そりゃあ残念だ」 ケイト「わたしを置いて行ってしまうあなたなんて大嫌いだわ」   少しの沈黙。 アラン「…知っていたのか」 ケイト「知らなかった? わたしはあなたが思ってるよりずっと賢いの」 アラン「ああ、見くびっていたね。もっとギリギリまで黙っていて驚かせるつもりだったのに、これじゃあ計画が台無しだ」 ケイト「あなたがこの街を発つのは3日後。じゅうぶんギリギリよ」 アラン「はは、驚いたかい?」 ケイト「ええ、わたしの恋人がこんな甲斐性なしだとは思わなかったわ」 アラン「そりゃ、残念だったな」 ケイト「計画は大成功よ。思わず涙が出そうだった」 アラン「気の強い君の泣き顔が見れるなら、僕の命の一つや二つくれてやるさ」 ケイト「あなたは賢いわ。もっと、なにかやりようがあるでしょう」 アラン「君は僕を買い被ってる。僕はただの男だ。男は大抵の場合、女性には敵わないものさ」 ケイト「男っていつもそう。無遠慮に踏み荒らして去っていくんだわ」 アラン「好きな子ほどいじめたくなる。そういうもんさ。僕たちは永遠の少年なんだ」 ケイト「そんな恥ずかしいセリフ、よく真顔で言えるわね」 アラン「事実だからね」   間。 ケイト「ねえ、アラン」 アラン「なんだい」 ケイト「アラン?」 アラン「ああ」 ケイト「アラン…!」 アラン「……ケイト」 ケイト「本当に行ってしまうの? いつもの意地悪じゃないの?」 アラン「こんなタチの悪い冗談言えないさ。僕は臆病なんだ」 ケイト「………いやだわ」 アラン「え?」 ケイト「いやよ。わたしを一人にしないで。ねえお願い、国なんかどうでもいい。わたしを救ってよ。     わたし、あなたのこと愛してるわ。世界中の誰よりも愛してる。あなたがいなくちゃ生きていけないの」 アラン「…もう決めたことだ」 ケイト「なに、それ」 アラン「……ごめん」 ケイト「わたしに縋ってほしかったんじゃないの? ねえそうでしょ?       ああ、わたし可愛い彼女じゃなかったものね。改めるわ、あなたがそうしてほしいならかわいこぶってあげる」 アラン「ケイト」 ケイト「わたしの泣き顔が見たいって言ったわよね? いいわ、いくらでも泣いてあげる。子供みたいに声をあげて泣くわ、見てて」 アラン「君は君のままでいい。そのままの君を愛してるよ」 ケイト「……どうしてそんなこと言えるの? この状況でそんな残酷なこと、どうして言えるの?」 アラン「事実だ。僕は嘘はつかない」 ケイト「知ってるわ、そんなこと」 アラン「僕は君を愛している。だから僕は、戦場に行くんだ」 ケイト「その二つはイコールじゃない」 アラン「イコールだよ。君にだってわかるさ」 ケイト「わかりたくもないわ。だってそれは、」   一呼吸。ケイトの目には涙が滲んでいる。 ケイト「…わたしを傷つける」 アラン「傷ついた君も美しいさ」 ケイト「最低」 アラン「君は若い。聡明で、かつ美しい。僕はそれをよく知っている」 ケイト「嘘ばっかり」 アラン「君は僕じゃなくても大丈夫だ。きっと幸せになれる」 ケイト「最ッ低!!」   ケイト、アランの頬をぶつ。 ケイト「あなたに、そんなこと、あなたにだけは言われたくないッ! どうしてそれがわからないの?!」 アラン「わかってるさ」   優しく微笑み、泣いているケイトを抱きしめそっとキスする。 ケイト「…触らないで」 アラン「嫌じゃないくせに」 ケイト「嫌じゃないのが、いやなのよ…」   ケイト、むっとした表情。アラン、ポケットから取り出したピアスをそっと握らせる。 アラン「僕のことを大好きなきみに、これをあげよう」   手のひらの中をみて、驚きを隠せないケイト。 ケイト「……あなたがロマンチストだなんて初耳だわ。意味、知ってるの?」 アラン「もちろん。僕は左、君は右だ」 ケイト「…ええ」 アラン「僕は、僕の勇気と誇りをかけて君を守る。そのために戦場へ赴く」 ケイト「身勝手ね」 アラン「受け取ってくれたということは、僕の想いを受け止めたってことでいいんだよね?」 ケイト「…きちんと対に戻してくれるのよね?」 アラン「ああ。必ず帰ってくる」 ケイト「ふふ、嘘ばっかり」 アラン「帰ってくるさ」 ケイト「嘘よ。あなたは帰ってこない」 アラン「どうして?」 ケイト「あなただってわかってるはずよ。今がどういう状況なのか」 アラン「…ああ、それでも僕は帰ってくるよ。君が待っていてくれるかぎりね」 ケイト「本当に馬鹿な人」 アラン「君が愛した男だよ」 ケイト「ふふ…しょうがない人ね」 アラン「そこが愛しいだろう?」 ケイト「ええ、愛してるわ」   その後も淡々と映画が流れ続ける。戸惑った表情のはるき。 はるき「――どうしたの、これ」 あかね「あおいちゃんが好きだった映画」 はるき「…それは知ってるけど」 あかね「小さい頃よく見せられた。あおいちゃんってほんとロマンチストだよね」 はるき「……」 あかね「はるくん。あたしはね、空想ですらお姫様にはなれないタイプ」 はるき「……」 あかね「あおいちゃんは、現実でもお姫様やっちゃうタイプ」 はるき「そうだね」 あかね「王子様はお姫様のところにしかやってこないんだよ」 はるき「……」 あかね「当たり前だよね」 はるき「あかねちゃんはあかねちゃんの良さがあるよ。あおいとは違う」 あかね「そんなの、言われなくたってわかってるよ」 はるき「そっか。そうだよね、ごめん」   間。 あかね「あおいちゃんが好きな映画見てさ。昔のこととか思い出したりしてさ。     そうしたら感傷に浸ったり、寂しくなったりできるかなとか思ってさ、引っ張り出してきたの」 はるき「うん」 あかね「でも全然だめだった」 はるき「そっか」 あかね「やな気持ちになっただけだった」   間。 あかね「…あのとき、なんで来なかったの?」 はるき「え?」 あかね「あおいちゃんのお葬式」 はるき「ああ」 あかね「はるくん、あおいちゃんと同じ高校だったじゃん」 はるき「まあ、そうだけど」 あかね「高校の友達も、そんなに多くはないけど来てたよ」 はるき「そうだろうね」 あかね「来ればよかったのに」 はるき「いや、まあ」 あかね「……誰も元カレだなんて思わないよ?」 はるき「いや…まあ」 あかね「元カレだって、同級生だし、友人だ」 はるき「…うん」   煮え切らないはるきに対して苛々しているあかね。 あかね「なに、あたしが妬くとでも思った?」 はるき「…そういうわけじゃないけどさ」 あかね「そうだよね、そんなことでお葬式こないなんて薄情者だよね」 はるき「ああ」   間。あかね、ポケットからビニル袋に入った小さなピアスを取り出し、はるきに無理矢理握らせる。   戸惑うはるき。俯くあかね。 はるき「……これ…」 あかね「うん」 はるき「え?」 あかね「持ってきちゃった。いつまでもあの部屋をそのままにしておくわけにはいかないねって、前々から話してたんだ」 はるき「…平然と言うなあ」 あかね「これは、はるくんが持っとくべきだと思ったからさ」 はるき「あかね」 あかね「あたしが持ってていいものじゃないし」 はるき「あかね。顔あげてよ」 あかね「やだ」 はるき「…大事なことを話すときは相手の目を見るんだ」 あかね「大事じゃないもん」 はるき「……」 あかね「こんなの1ミリも大事じゃない。なんてことない、ただの弔い。遺品整理」 はるき「(小さくため息をつく)」 あかね「ゴミと一緒に捨てられるのはかわいそうだなって、だけどあたしが持ってるのは、なんか違うじゃん」 はるき「違うのかな」 あかね「違うでしょ」 はるき「形見なんだから、別にいいと思うけど」 あかね「いやなの!」   沈黙。 あかね「……ごめん」 はるき「いや、僕のほうこそごめん。意地悪した」 あかね「知ってた。知っててのった。バカだ、あたし」 はるき「…はは、あかねちゃんは、あおいなんかよりずっと意地っ張りだ。お姫様の素質があるよ」 あかね「意地っ張りとお姫様の素質って、一緒なの?」 はるき「僕の中ではね」 あかね「変なの。あおいちゃんはプライドの塊みたいなひとだったもん。そのくせ愛される。     お姫様っていうのはさ、愛されないといけないんだよ。あたしにはそれがないもん」 はるき「――すぐあおいの話になる」 あかね「え?」 はるき「あおいの死に囚われてるのは、僕じゃなくてあかねだ」 あかね「……」 はるき「僕はずっと見てきたんだ。わかるよ」 あかね「……そういうところだけ…(小さくつぶやき、ため息)」   間。 あかね「あたしはさ、あおいちゃんのことなんか大っ嫌いだったよ。     あおいちゃんばっかりずるい、いなくなっちゃえって何度も思った。     そしたらさ、大学出てすぐ独り暮らしはじめるし、挙句の果ては死んじゃうしさ」 はるき「……」 あかね「で、気づいちゃったんだ。あたしが嫌いだったのはあおいちゃんじゃない。     あたしは、はるくんの好きな人が嫌いだったんだ…」 はるき「……」 あかね「幻滅した?死んじゃった人のことこんな風に言ってさ、最低でしょ」 はるき「幻滅なんかしないよ。……ごめんね」 あかね「謝らないでよ。そういう顔されると、泣きたくなる」   沈黙。あかね、はるきの手からそっとピアスを取り、やさしく微笑む。 あかね「やっぱり、これわたしが持っとく」 はるき「え?」 あかね「どうせはるくんも、捨てられないで持ってるんでしょ? この子の相方」 はるき「……うん。ごめん」 あかね「はるくん、そういう性格だもん。わかってたよ。それにあたしは、そういうはるくんが好きなの」 はるき「……」 あかね「ね、あたしのこと、勇気と誇りをかけて守ってよ」   間。 あかね「…なーんてね。言ってみたかっただけ。あたしだって、一回くらいお姫様になってみたかったんだ」   笑顔を見せるものの、あかねの手は震えている。 あかね「そんなの、無理なのにね」 はるき「…ごめん」 あかね「やめてよ。謝られたら、あたしほんとにかわいそうになっちゃう」 はるき「あかね」 あかね「……好きにならなきゃよかった」   はるき、ぱっと顔を上げる。あかね、唇を噛んで必死に耐えているものの涙がこぼれている。 あかね「みないで。今ひどい顔してるから」 はるき「……っ!」   はるき、ぎゅっとあかねを強く抱きしめる。あかね、その温もりに思わず泣いてしまう。   沈黙。お互いの鼓動と呼吸の音だけが聞こえる。 はるき「――あおいと別れてから、僕はもう誰も愛さないって心に決めたんだ」 あかね「…うん」 はるき「バカみたいに頑なになってさ。そうすることが贖罪になると思ってた」 あかね「(ぼそりと)…はるくんはなにも悪くないのに」  はるき「でもさ、じゅうぶんすぎるほど気を付けていたはずなのに、」   言いよどむはるき。より強くあかねを抱きしめる。 はるき「――なのに、よりにもよってその子の妹を好きになってしまった」 あかね「……え」 はるき「愛しちゃったんだ」 あかね「え………?」 はるき「本当は言いたくなかった」 あかね「……」   間。 はるき「…ごめんね」 あかね「なんで謝るの」 はるき「僕の勝手な独りよがりのせいで、この3年間、あかねちゃんはたくさん傷ついたでしょ」 あかね「…ふふ、そんなこと言いながら泣かないでよ。はるくん」 はるき「…ごめん」 あかね「……名前」 はるき「うん?」 あかね「お姉ちゃんのこと、名前で呼ばないで」 はるき「うん」 あかね「ヤキモチ、妬くから」 はるき「わかった」 あかね「あともうひとつ」 はるき「なあに」 あかね「3年なんかじゃないよ。もっとずっと前から、はるくんのこと好きだった。知らなかったでしょ?」 はるき「…知ってたさ、もちろん」   心地よい沈黙。握りしめていたピアスを、そっと見つめるあかね。 あかね「…意味、ちがうかな」 はるき「ちょっとね」 あかね「ま、いっか。わたしたちは映画のなかには生きられないしさ」 はるき「あかねちゃんはリアリストだからな」 あかね「はるくんはロマンチストだよね」 はるき「バレてた?」 あかね「もちろん」 はるき「(微笑む)」 あかね「…本当に馬鹿な人」 はるき「(戸惑いつつも笑顔で)君が愛した男だよ」 あかね「ふふ…しょうがない人ね」 はるき「そこが愛しいだろう?」 あかね「ええ、愛してるわ」   微笑み合う二人。 あかね「お姉ちゃん、見てるかな」 はるき「きっとにやにやしてるよ」 あかね「…よかった」 Home inserted by FC2 system