さよなら記念日 作・葉月まな --------------------------------------------------------------- 5年付き合って別れた彼が結婚する。 再会した彼はなんだかやさしくて、変わらなくて、 だからわたしは手のひらにそっと爪を立てる。耐える。 今更戻りたいわけじゃないけれど好きだったことは消えない。 だから、そんな簡単に「またな」とか言わないでよ。 ---------------------------------------------------------------
  同窓会にて久しぶりに再会した二人   気まずいながらも、居心地のよさも感じている 幸恵 久しぶりだね 彰  そうだっけ 幸恵 そうだよ。最後に会ったの、1年くらい前だよ 彰  もうそんなもんかあ 幸恵 ね。あっという間だね。    別れてからぱったり会わなくなっちゃったもんね 彰  ほんとにな    幸恵 ・・・あきちゃんは変わんないね 彰  幸恵は綺麗になったな 幸恵 えっ? 彰  いや、まあ 幸恵 ・・・うん 彰  綺麗になったよ 幸恵 ありがとう、照れちゃうな   幸恵、嬉しそうに微笑む   少し頬を赤らめながら酒を飲む彰   少しの間 幸恵 あきちゃんから、そんな言葉が聞けるなんて。びっくりしちゃった 彰  なんだそれ 幸恵 ふふ、ううん、嬉しくって 彰  ならいいけど 幸恵 今の彼女さん、きっと素敵な人なんだね 彰  普通だよ。よく喋るし、ガサツなところもあるし   幸恵、彰を少し見つめ、首を振る 幸恵 あきちゃん、とってもかっこよくなってるもの。いい関係築けてる証拠だね 彰  そうか?自分じゃわかんないけど 幸恵 羨ましいなあ 彰  そんな良いもんじゃないよ 幸恵 ううん、羨ましい 彰  他人からしたらそう見えるだけで、喧嘩もしょっちゅうだよ 幸恵 そういうのだよ。羨ましいの   沈黙 幸恵 良かったの? 彰  なにが 幸恵 同窓会、抜けてきちゃって 彰  それは幸恵もだろ 幸恵 結婚、するんでしょ? 彰  ・・・・・・ 幸恵 いいの?女と2人で抜け出したりして 彰  そういうんじゃ 幸恵 昔の女と2人で、って。彼女さん、嫌がらないの? 彰  ・・・・・・ 幸恵 ごめん、意地悪しちゃった 彰  いや 幸恵 ごめんなさい。気にしないで。       幸恵をじっと見つめる彰   幸恵は苦笑いをしながらぎゅっと自分の手を握り締めている    幸恵 だって、やましいことなんてないもの。ただ一緒にお酒飲んでるだけだし   間 彰  幸恵は? 幸恵 え? 彰  そっちの方はどうなの、今 幸恵 あぁ・・・うーん 彰  彼氏とか 幸恵 うん、一応いるよ 彰  よかった 幸恵 あんまり上手くいってないけど 彰  ・・・そうか 幸恵 わたし、やっぱり向かないんだよね、そういうの 彰  どうして? 幸恵 あきちゃんと付き合ってたときもそうだったじゃない?いろいろ、言ったりできなくて・・・ 彰  幸恵は考えすぎるんだよ。我慢しすぎる 幸恵 そうかな 彰  気付いてやれなかった俺にも責任はあるけどな 幸恵 ・・・でも、我慢しなかったら、わたしすごく我が儘だよ 彰  我が儘なくらいが可愛いよ 幸恵 そういうもの? 彰  少なくとも俺にとってはな 幸恵 彼女さんも? 彰  え? 幸恵 我が儘なの? 彰  ああ。すっげえよ 幸恵 どんな? 彰  深夜にいきなり電話掛かってきて、なにかと思ったら"どうしてもアイスが食べたいから今すぐ買ってきて"とかさ 幸恵 ええ? 彰  アイスくらい自分でコンビニに買いに行けって言っても聞かないの。    スーパーでしか売ってない、なにあれ、でっかいサイズのやつ。あれじゃないと嫌だって駄々こねてさ。    言っても聞かないからしょうがなく行くんだけど、行ったら行ったでアイスなんか放置で    "寝るまで帰るな"とか言ってさ 幸恵 ・・・へえ 彰  あそこまでいくと人を選ぶなとは思うけどな 幸恵 でも、そういうとこがいいんでしょ? 彰  そういうとこねえ 幸恵 だって、それって要は会いたいってことでしょ?会いにきてってことでしょ? 彰  まあ 幸恵 すごいな。わたしだったら、そんなこととてもじゃないけど言えないもの 彰  ・・・・・・ 幸恵 そんなこと言って、引かれたらどうしよう、断られたらどうしようって、考えて考えて、    結局言えなくて、1人で耐えちゃうもん 彰  幸恵 幸恵 わたしもさあ、アイス買ってきてよって言えたら、そしたら、今あきちゃんと一緒にいるのは、わたしだったのかな 彰  そんなの   言いかけて、幸恵の顔を見てはっとする 彰  そんなの、わかんないよ。誰にも 幸恵 ・・・・・・うん 彰  あの時の俺らには、あのときの俺らの世界があったよ 幸恵 あの時は、 彰  うん 幸恵 ・・・なんでもない。あきちゃん、なに飲む?ウイスキーでいい?   一瞬暗い顔になったが、なにかを飲み込むように笑顔になる幸恵   彰のグラスが空いていることに気付き、手際よく注文する 彰  幸恵と一緒になるやつは幸せ者だよ 幸恵 ふふっ、なんで? 彰  いろんなことに気が回るし、今だってさ 幸恵 あきちゃんの好みくらい覚えてるよ。だって5年も一緒にいたんだもん 彰  5年って長いよな、こうして考えると 幸恵 ほんとね。いやでも体が覚えてるよ 彰  ああ 幸恵 あきちゃんったら、こんなにクールぶってるくせに、グリンピース食べられないとかいっちゃうし 彰  なんかだめなんだよな、あいつ 幸恵 もう、可愛すぎる!って、そういう瞬間が好きだったなあ 彰  可愛いか?ただの好き嫌いだよ 幸恵 可愛いんだよ、可愛かったの 彰  幸恵の可愛いポイントはほんとズレてるよな 幸恵 あきちゃんのファッションセンスよりはましよ? 彰  仕事はずっとスーツだからいいんだよ 幸恵 そのくせ、プレゼント選びだけは上手いよね 彰  そうか? 幸恵 そういう、要所要所ツボをしっかりついてくるところ、ずるいよねえ 彰  幸恵に喜んでほしかっただけだよ 幸恵 なにそれ、わたしドキっとしちゃうよ?   間 彰  ・・・バカ。からかうなよ 幸恵 ふふ。もう既婚者だからね 彰  まだ独身だ 幸恵 婚約者がいるんだもん、既婚者とかわらないよ 彰  そんなことないさ。ダメになる可能性だってあるだろ 幸恵 ・・・あきちゃんが、   彰から一瞬目線をそらす幸恵 幸恵 こんなに早く結婚しちゃうとは思わなかったなあ 彰  こんなにって、俺もう29だよ 幸恵 年齢じゃなくてさ 彰  ・・・ああ 幸恵 ・・・おめでとう 彰  え? 幸恵 そういえば、言ってなかったなあって。おめでとう 彰  ありがと 幸恵 そもそも聞いたの人づてなんだもん。あきちゃんったら、何年の付き合いよ? 彰  いや、まあ、気にするだろ。さすがに 幸恵 ふふ、まだ好きかも、とか思った? 彰  ・・・ 幸恵 あきちゃんは優しいね。最初からずーっと。これからもずーっと優しいんだろうなあ 彰  優しくなんかないさ 幸恵 わたしが、あのとき別れたくないとか言ったら、どうしてた? 彰  ・・・今はわからない 幸恵 そっか   重苦しい沈黙   彰  ちょっと、トイレ 幸恵 うん、いってらっしゃい   彰がいなくなった瞬間、ぐっと酒を喉に押し込む幸恵   深いため息をつき、ずっときつく握りしめていた左手を開く   爪跡が深く刻まれた手のひらを泣きそうな顔で見る 幸恵 また、やっちゃったなあ・・・ 彰  幸恵?大丈夫か? 幸恵 あっ!(思わず大きな声がでて)あきちゃん・・・おかえり 彰  いい時間だな、出ようか?電車もそろそろなくなるし 幸恵 全然時間見てなかった 彰  ん。あ、ちょっと待って   携帯を取り出す彰   その横でぼーっとそれを見つめる幸恵 彰  おっけ。・・・幸恵? 幸恵 あ、う、うん 彰  立てる? 幸恵 うん・・・ 彰  幸恵   幸恵、その響きに懐かしいものを感じ、はっとして彰を見上げる   足取りがおぼつかない幸恵の肩を抱く彰 幸恵 あ・・・お会計 彰  もう済ませたから 幸恵 え、 彰  ごめんな   間 彰  気づいてやれなくて   間 幸恵 ・・・あきちゃん 彰  ・・・ん 幸恵 あきちゃん、幸せそうなんだもん 彰  ・・・・・・ 幸恵 悔しい 彰  ・・・ごめん 幸恵 でも、うれしいよ   間 幸恵 わたしも、がんばらなくちゃね 彰  ごめんな 幸恵 ふふ、あきちゃんったらさっきから謝ってばっかりだよ?   すっと彰の腕をほどく幸恵   満面の笑みで彰を見る   そのまぶしいほどの笑顔に少し驚く彰 幸恵 はぁー、久しぶりに飲んだなあ、気持ちいい!     鼻歌を歌いながら早足で前へ進んでいく幸恵   慌てて、早足で追いかける彰 彰  幸恵 幸恵 (被る)あきちゃん、 彰  ? 幸恵 地下鉄だよね?わたしJRだから、ここで 彰  ――改札まで送るよ。危なっかしいし 幸恵 いいよ、もう子供じゃないもの、わたし 彰  でも 幸恵 もうわたしたち、付き合ってないんだよ、あきちゃん   やんわりと、しかし強い口調で幸恵が言う 幸恵 あきちゃんがわたしに優しくする理由もない。むしろ、冷たくしなきゃでしょ 彰  冷たく? 幸恵 冷たく 彰  なんで? 幸恵 なんでもだよ 彰  ・・・もう友達だ 幸恵 ・・・・・・ 彰  だろ? 幸恵 でも。そうしなきゃいけないんだよ 彰  幸恵―― 幸恵 気をつけてね。あ、結婚式の招待状、ちゃんと送ってね 彰  ああ 幸恵 じゃあね 彰  またな   そう言いつつも、踏み出せない幸恵   笑顔のまま、小さくため息をついて、もう一度無理矢理笑顔をつくる 幸恵 あきちゃんから、行って   彰、うなずき黙って改札へ向かう 幸恵 ――あきちゃん!     彰、ぱっと振り向く 幸恵 彼女には、わたしのこと言っちゃだめだよ   彰、ふっと笑う   それにつられて、幸恵の頬もかすかに緩む   「またな」「うん」と口パクだけでやり取りし、彰は改札の奥へと消えていく 幸恵 またな、うん、またな・・・   ぽつりとつぶやき、うつむく幸恵 幸恵 ばかみたい   さっと表情が切り替わり、改札に背を向け早足で歩きだす   唇を噛み締めて、左手を握り締めて、人にぶつかりながら歩いていく   右手で携帯を耳にあて、 幸恵 ・・・なんにもなかったよ、なーんにも。    別に、なにも期待してなかったけど・・・だからこそ誘ったんだけど。    ――もう1年経つのに、今やっともう一緒にはいられないんだって、わかった。    あきちゃん、結婚するってほんとだったんだ。    あきちゃんは、わたしより6つも下の女の子と結婚するんだ・・・・・・   立ち止まる幸恵の頬は涙で濡れている   道行く人々は往来の真ん中で立ち止まっている幸恵を少し迷惑そうに見やりながら   あるいは無関心のまま、幸恵の横をすり抜けていく 幸恵 ばかみたい      電話を耳に当てていた右手が力なく落ちる 幸恵 わたしは夜中にアイスなんか食べないもの・・・   ぐるっと駅の構内を回り、彰が去っていったのと同じ改札の前へ再びたどり着く   慣れた手つきで改札をくぐり、人ごみのなかへ消えていく幸恵 幸恵 あきちゃんの奥さんは、あきちゃんと付き合いはじめたわたしと同じ年だった Home
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