わたしだけがすき 作・葉月まな (2015.10.02更新) ----------------------------------------------------------------------- 高校生でいられるのもあと3ヶ月。 そんな中途半端な時期に転校してきた彼女からは、甘いバニラの香りがした。 こんなにちぎれそうに痛いこの気持ちも 彼女のかわいすぎる笑顔も 好きだといってくれたときのあの甘い空気も ぜんぶぜんぶ、忘れてしまうかもしれないけれど なかったことにだけはしないで。 ----------------------------------------------------------------------- ・山下りさこ  はみださないように必死だけれど、普通であることにコンプレックスをもっている。  真っ直ぐ故に盲目的で依存的なところがある。   ・野木葵(18)  ミステリアスな転校生。影のある美少女。  母子家庭で、母親の恋人と付き合っている。 ・宮内遥香  りさこの幼なじみでクラスの中心的人物。  サバサバ明るい系に見せかけて、とってもメスの部分を抱えている。  -----------------------------------------------------------------------
[シーン1]   教室。病み上がりでまだ仄かに熱っぽいりさこ   ざわめきがなんだか遠くに感じる    遥 香  りーさーこ! りさこ  わわ、はるちゃん!おはよう 遥 香  インフルエンザだって?大丈夫? りさこ  もう元気だよ。いきなり熱がでて、びっくりしちゃった 遥 香  お見舞い行きたかったんだけどさあ りさこ  はるちゃん、アルバム委員だもんね。さすが元生徒会長。大忙しだね 遥 香  みんなやりたがんないからさ。貧乏くじだよ りさこ  みんなはるちゃんのこと信頼してるんだよ 遥 香  んもー、りさこは可愛いなあ! りさこ  ええー、そんなことないよ?! 遥 香  あはは、照れてる照れてる りさこ  もー、そうやって遊ぶんだから 遥 香  可愛いのはほんとだよー?   葵、登場   気付かずじゃれ合うりさこと遥香  葵   お楽しみ中悪いんだけど――   葵に気付き、見慣れない顔におどろくりさこ   すこし怪訝な顔をする遥香      葵   そこ、わたしの席なの。どいてくれる? 遥 香  あー、ごめんごめん        笑顔で立ち上がるも、まったく悪びれない遥香   気付きながらも、無言で席に着き読書を始める葵 りさこ  あれ、わたしの隣の席―― 遥 香  そうそう、りさこが休んでた間にね りさこ  わあ、そうなんだ!はじめまして、えっと・・・   聞こえなかったふりをして読書を続ける葵 遥 香  あ、えーっと、の、ぎ・・野木さん! りさこ  あっ、野木さん!わたし、山下りさこ。よろしくね  葵   どうせ3ヶ月もないけどね。ご丁寧にどうも りさこ  でも、3ヶ月だけどおとなりさんだし、ね!  葵   前向きね      顔をあげ、わずかに微笑む葵   その吸い込まれそうな瞳に思わずみとれてしまうりさこ りさこ  ・・・あ、あの 遥 香  りさこっ りさこ  え、あ、はるちゃん?   遥香、りさこの腕を引っ張り、教室の外へ 遥 香  野木さんさあ、ずっとああなの。        ちょっとアレだよねってみーことかサキとかとも話しててさ りさこ  あ・・・そうなの? 遥 香  だから、気にすることないよ りさこ  別に、そんなに気にしてないよ 遥 香  ならよかっ―― りさこ  すごく、綺麗な子だなって思ってた 遥 香  ・・・そーお? りさこ  うん、目が合ってびっくりちゃった。あんなに綺麗だと、女の子同士なのにドキドキしちゃうね 遥 香  まあでも、中身があれじゃね りさこ  でもきっと、いい子だと思う 遥 香  りさこは、やさしいなあ [シーン2]   休み時間。席を立とうとする葵の前に立ちはだかるりさこ    りさこ  野木さんっ!   葵、りさこをさっと避け、そのまま教室を出ようとする   あわてて駆け寄るりさこ りさこ  あっ、のーぎーさん!日直!一緒だよ  葵   日直? りさこ  うん  葵   そんなの高校でもあるの りさこ  あるよー、今日はね、わたしと野木さんなんだよ   にこにこと話しながら、日誌をとりだすりさこ   必要事項を記入していく     りさこ  いろいろあるけど、休み時間に黒板消しでしょ、課題集めたりとか、あと日誌も書かなきゃだし――  葵   ・・・りさこ りさこ  え?   日誌から視線を上げると、目の前に葵の顔がある   その美しさに思わず沈黙してしまうりさこ  葵   かわいいよね、りさこって りさこ  えっ  葵   かわいい。わたし、最後が"こ"で終わる名前ってすき りさこ  ・・・ありがと?  葵   響きがやわらかくって、いいよね   葵、にっこりと微笑みながらそっと自分の名前も横にかいていく りさこ  野木さんって、ずるい・・・  葵   どうして りさこ  わたし、男だったら絶対好きになっちゃう  葵   あいにく、そんなにモテないの りさこ  うそ  葵   ほんとだよ   葵、顔をあげ真顔でりさこをじっと見つめる   少しの間 葵、ゆっくり口を開く  葵   わたしもきっと、山下さんのこと――   言いかけて、はっとした顔になり、誤魔化すようににっこり   りさこ、ぱっと頬を赤らめる  葵   お友だちに、なってくれるかしら りさこ  ・・・うん!  葵   3ヶ月だけどおとなりさん、だものね りさこ  野木さんは、ずるい。      黙っているときは彫刻みたいに綺麗で      目が合うと吸い込まれそうになるし      笑うとびっくりするほどかわいい。           どこか影のある彼女は、同い年とは思えないほど      大人っぽくて、女っぽい。      野木さんはたぶん、"女の子"というものがあんまり好きじゃないらしかった。      わたし以外の人の前では、やっぱり無口で無愛想な野木さんだった。      わたしの前でとびっきり笑顔な野木さんも      みんなに対して無関心な野木さんも      どちらも甘いバニラの香りがして、おいしそうだと思った  葵   りさちゃんは、食いしんぼうね りさこ  ええっ  葵   うそ。よく見てるのね りさこ  そ、そんなこと  葵   うれしい。愛されるって、幸せ りさこ  ・・・もう りさこ  髪の毛染めるのも、ネイルもメイクもだめで      もちろん香水なんて許されないこの空間で      野木さんからふわりと漂うバニラの香りは      少しずつ少しずつ、わたしの脳内を侵していった    [シーン3]   昼休み。中庭で2人だけの時間を過ごすのが定番となってきた りさこ  野木さんは、なにが好き? 葵、じっとりさこを見つめる。りさこ、首をかしげる。  葵   わたしね、野木って呼ばれるの、嫌いなの りさこ  あ・・・  葵   響きがどうにも、好きになれなくって        少し考え、想像し、頬を赤らめるりさこ りさこ  あ、あ、えっと、あの、あ、葵さん、は、どうでしょう!  葵   うん、まあいいか りさこ  あ、葵さんは、なにが好き?  葵   うーん・・・美しいもの? りさこ  むずかしい・・・  葵   そう? りさこ  じゃあねじゃあね、食べものとか、色とか、場所とか、においとか、歌手とか映画とか、      そういうので好きなもの、なあに?  葵   そんなの、たくさんあるよ りさこ  教えて  葵   全部? りさこ  ぜんぶ。ひとつひとつ、ちゃんと教えて  葵   キリないよ りさこ  いいの、それで。葵さんが好きなもの、ぜんぶ知りたい。教えて  葵   うん りさこ  それから、この約束が終わるまで、どこにも行かないで  葵   最初から、どこにも行ったりしないよ りさこ  そうだけど、なんか怖いんだもん  葵   ここにいるでしょ? りさこ  そうだけど   不安そうにうつむくりさこ   困ったような微笑みを浮かべる葵   下を向いたりさこの頬をそっと両手ではさみ、自分のほうを向かせる   少しの沈黙  葵   わたしは、こういうお願いしてくるりさちゃんが1番すきよ りさこ  え・・・  葵   この好きに比べたら、他の好きなんてどれも大したものじゃないよ [シーン4]   葵から借りた本をむずかしそうな顔をして読むりさこ   何を話しても空返事しか返ってこないりさこに苛立つ遥香 遥 香  りさこさぁ、野木さんとつるむのやめなよ りさこ  どうしたの?はるちゃん 遥 香  あんなのと一緒にいたら、りさこまで悪くいわれるよ りさこ  だれに? 遥 香  だれって、みんなにだよ りさこ  いいよ。別にわたし、気にしないよ 遥 香  気にしないって りさこ  谷口さんや山川さんがわたしのこと嫌いっていっても、わたしには関係ないもん 遥 香  関係なくないじゃん りさこ  ないよ 遥 香  ・・・野木さんさあ、エンコーしてるんだよ りさこ  はるちゃん、馬鹿なこというのはやめて 遥 香  ほんとだよ。りさこが知らないだけで超有名だよ りさこ  はるちゃん 遥 香  実際おじさんと一緒にいるとこみたって子もいるし りさこ  はるちゃん!   ぱっと顔をあげ、怒りで泣きそうな顔をしたりさこ りさこ  怒るよ 遥 香  なんでよ。事実を言ってるだけじゃん りさこ  はるちゃんは、葵ちゃんのことなんにも知らないよ 遥 香  知りたくもないよ りさこ  知らないのに、そういうこといわないで 遥 香  ・・・あたしはね、野木さんのことはどうでもいいの りさこ  じゃあ放っておいて 遥 香  でもりさこが悪く言われるのはいやなの! りさこ  はるちゃんは、   言いかけた言葉を飲み込み、笑顔をつくるりさこ りさこ  ――はるちゃんは、わたしのことなんにも知らないよ。          でも、ありがとう 遥 香  どういうこと?知らなくないでしょ、何年の付き合いだと りさこ  ううん、なんにも知らないよ りさこ  はるちゃんの中には、谷口さんや山川さん、小林先生や佐藤くん、      そういうたくさんの人がいるんだなあ・・・      わたしの中には、気付けば葵ちゃんしかいなくなってた      あんなに仲が良かったはるちゃんを、すごく遠くに感じる      あんなに気になっていた女の子たちの噂話も      同じ生き物だとは思えない男の子たちのわめき声も      なんだか全部、どうでもいいことに見えた      膝丈だったスカートを少しだけあげて      2つ結びをやめて、髪をおろした      ボーダーも水玉もやめて、      ふわふわの、お菓子みたいに甘い食べられるためにあるみたいなブラも買った。      変化に気付くたびに、葵ちゃんがかわいいって言ってくれる      ただそれだけで、胸がいっぱいになる      だけど、どこを探しても、あの甘いバニラの香りだけは      どこのお店にもなかった [シーン5]   放課後   帰宅準備をはじめる遥香の前にそっと立ちはだかる葵  葵   宮内さん   遥香、無視  葵   宮内さん?   遥香、無視   葵、聞こえるように大きくため息をつく  葵   宮内さんがわたしのことを無視したところで、なにも変わらないわよ 遥 香  うるさい  葵   しょうがないでしょ 遥 香  あたしは、あんたなんか嫌いだから  葵   残念ね 遥 香  りさこから離れてよ  葵   それはわたしが決めることじゃないでしょ 遥 香  りさこがあんたを見てるの、みたくないの  葵   りさちゃんに、そのまま言ったら 遥 香  言ったわよ。そんなのとっくに  葵   それでだめなら、こんなことしてもどうしようもないわね   遥香、目を大きく見開く   今まで以上にキツく葵を睨み 遥 香  ・・・それでも、イヤなものはイヤ!  葵   駄々っ子みたい 遥 香  ・・・うるさい   間  葵   宮内さんって 遥 香  何  葵   りさちゃんに、すこし似てるのね 遥 香  そんなわけないでしょ  葵   似てる 遥 香  むしろ、似てたらよかったのに。      そうしたらりさこのこと、もっとよくわかったのに   葵、ふふっと微笑む   いとおしい、というような優しい笑み  葵   そうやって簡単に自分のことさらけ出せるから、宮内さんみたいな子は強いよね 遥 香  バカにしてるでしょ  葵   してないよ 遥 香  絶対嘘。ヤなかんじ  葵   うらやましいよ、むしろ 遥 香  へえ  葵   まあでも、私情持ち込むのはやめてほしいかな   葵、日誌をそっと遥香の手に握らせ  葵   半分だけかいたから、あとはよろしくね   葵、笑顔で去る   その背中を見つめながら、涙目の遥香 遥 香  ・・・りさちゃんって、なによ。大っキライ [シーン6]   シーン5の直後   教室に戻ってきた葵に駆け寄るりさこ     りさこ  葵ちゃん、今日は一緒に帰れる?  葵   今日は・・・ごめんなさい。そのかわり明日は一緒に帰りましょう      この間のおわびに、おいしいケーキ屋さんに連れて行ってあげる りさこ  そっか。じゃあ、楽しみにしてる  葵   りさちゃん、きっと気に入るわ   いつになく笑顔の葵に反して、暗い表情のりさこ   いつもおしゃべりなりさこが急に無言になったことを   不思議そうに、無邪気に見つめる葵 りさこ  ・・・葵ちゃんの恋人は、オジサンなの?   少しの間  葵   わたしはそうは思わないけど、高校生から見たらオジサンなのかもね りさこ  お金、もらってるの?  葵   もらってない、と言っていいと思うわ りさこ  変な言い方  葵   みんなが想像しているような関係じゃないのよ りさこ  知ってるの?  葵   耳はいいほうなの りさこ  そう・・・   また俯くりさこ   既視感を覚える葵  葵   ・・・りさちゃんは、やさしいね。いい子   葵、いつものようにりさこの頭をそっと撫でる   ぱっと顔をあげ、その手を半ば強引に掴むりさこ りさこ  ・・・わたし、全然いい子なんかじゃないよ  葵   どうして りさこ  うまく言えないけど   そっと手を握りなおし、指をからめる葵   唇がふれる距離まで顔を近づけ   逆の手でりさこの頭をそっと撫でる  葵   どんなりさちゃんでも、わたしは好きよ   少しの間 りさこ  葵ちゃんが好きなのは、わたしじゃないよ  葵   どうして りさこ  うまく、言えないけど・・・  葵   心配しないで。大丈夫   微妙な空気   葵はやさしくりさこを抱きしめる  葵   好きよ、りさちゃん りさこ  葵ちゃんに男の人がいることは、はるちゃんに聞かされるずーっと前からわかっていた。      わからないはずがない。      わたしはずっと葵ちゃんを見てきたんだから [シーン7]   昼休み、中庭    いつも2人でいた場所に、1人うずくまるりさこの姿がある   遥 香  りさこ   りさこ無視    遥香、そっと隣に座る 遥 香  元気、だしなよ りさこ  元気だよ   遥香から体を離すりさこ 遥 香  うそばっか りさこ  元気だもん 遥 香  ・・・バカ   少しの間 りさこ  2ヶ月前に戻っただけなのにね 遥 香  そうだね りさこ  たった2ヶ月なのに・・・   りさこ、涙がこぼれる りさこ  わたし、葵ちゃんのことまだなんにも知らないし、      ケーキ屋さんも結局行けてないし、一緒に行きたいところとか、まだたくさんあるし、      葵ちゃんに借りた本だってまだ読みきってないし、      葵ちゃんの、葵ちゃん・・・・・・どうしたらいいの・・・ 遥 香  ・・・うん りさこ  結局わたしは、葵ちゃんの1番にはなれないんだ 遥 香  ・・・りさこ   唇を噛み締めながらも、りさこをそっと抱く遥香 りさこ  嘘、ばっかり・・・   遠くで昼休み終了を告げるチャイムが鳴る りさこ  ・・・でも、それでよかったのに・・・ りさこ  じゃあね、でも、さよなら、でもなく      好きよ、とだけ言い残して葵ちゃんはいなくなった。      抜け殻になったわたしを慰めてくれるはるちゃんからは、      あの甘いバニラの香りがした。 Home
inserted by FC2 system