「だいすきなひとのすきなひと。」 作・葉月まな −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  わたしの大好きなひとには好きなひとがいる。  好きなひとの好きなひとをわたしは好きにはなれない。  踏み出したつもりでいたけれど  わたしの大好きなあのひとは今もあのひとのことが好きだ。  結局、変わったのはわたしのなかだけだった。  6人の女の子が織りなす、ちょっと毒のある切ない恋のお話。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ・安藤なつ(あんどうなつ)/セリフ数・132  18歳。BL漫画家(作画担当)。  素直すぎる性格をしていることを自覚している。  ・佐藤美鈴(さとうみすず)/セリフ数・271  21歳。BL漫画家(原作担当)。  好きじゃないものはうまく扱えるテクニックを持っている。 ・岡本裕子(おかもとゆうこ)/セリフ数・152  24歳。なつと美鈴の担当編集。  好きな人のお願いはなんでも聞いてしまうタイプ。 ・江原ひな(えはらひな)/セリフ数・116  24歳。裕子の同僚。  一見揺れやすく見えるが、意外と勘が良い。 ・江原鳴海(えはらなるみ)/セリフ数・149  21歳。美鈴・朝子の同級生。ひなの異母妹。  周りの感情に敏感すぎるきらいがある。 ・月村朝子(つきむらあさこ)/セリフ数・96  21歳。美鈴・鳴海の同級生。  どこまでも鈍感で、真っ直ぐな愛らしさがある。 ※5人でやる場合→朝子・ひな兼役。  4人でやる場合→上記に加え鳴海・裕子兼役 ◆20XX年7月26日   なつ・美鈴のマンション。裕子が慣れた手つきで鍵を開け、そっと部屋を覗く。   リビングで作業に没頭しているなつを見つけ、くすりと笑いそっと後ろに忍び寄る。 裕子   なーつ! なつ   ・・・びっくりした。こんにちは、岡本さん。 裕子   進んでるー? なつ   ・・・あんまり見ないでください。 裕子   なーんか最近冷たいなあ。 なつ   そんなことありません。あとタメ口やめてください。   裕子、なつの向かい側に座りながら   裕子   なつったら、眉間に皺できちゃいそうだよ?  なつ   岡本さんは相変わらずですね。話しかけないでください。締切まで時間ないし。  裕子   嘘ばっかり。なつの仕事の早さは知ってるぞー?  なつ   なつって呼ばないでください。あと、わたし来週期末テストです。  裕子   あ、もうそんな時期かあ。どうりで暑いと思ったわ。  なつ   岡本さんは・・・ずっとスーツなんですね。そりゃ暑いですよ。  裕子   ま、一応会社員ですから?  なつ   へえ。大変ですね、会社員って。  裕子   まあね。でもこうやって、クリエイティブなことやってるすごい人たちと出会えるしさ、最高よ?  なつ   ・・・へえ、それはよかったです。  裕子   なつと美鈴のこと、ほんっとうに尊敬してんだよ?あたしにはそういうのできないしさ。  なつ   尊敬してるなら、ちゃんと一漫画家として扱ってください。  裕子   えー!扱ってるよーお?  なつ   敬語。呼び捨て。距離感。どう考えても友達のそれですよ、岡本さん。  裕子   んもー、なつは最近つっめたいなあ。テスト前だから苛々してる?  なつ   いつも通りです。    そのとき、美鈴が帰宅する。元気よくリビングの扉を開け入ってくる美鈴。 美鈴   ゆっうこちゃーあん!    美鈴、座っている裕子に後ろから抱きつくように目隠しをする。 裕子   おわっ?!  美鈴   あはははっ、だーれでしょ!  裕子   美鈴!  美鈴   えへっ、あったりぃ!さすがは裕子ちゃん!  裕子   おかえり。いいプロット浮かんだ?  美鈴   もーバッチリ!おいしいチーズケーキとミルクレープでお腹がいーっぱいだよー  裕子   アリア?  美鈴   そ!アリア!  裕子   あそこのチーズケーキは絶品だよねー  美鈴   めちゃくちゃおいしかったあ!店員さんも美形揃いだし、思わず長居しちゃったよお。 なつ   ・・・ちょっと、佐藤さん。  美鈴   およ?なっちんご機嫌ななめ?  なつ   (ため息)プロット、見せて下さい。  美鈴   うーん?  なつ   プロット書きにいってくるって言って出て行ったんでしょう。だからプロット、  美鈴   なーっちん?  裕子   おわっ!    美鈴、裕子の首のあたりを後ろからぐいっと抱きしめ、なつに向かって小首をかしげる。 美鈴   プロットっていうのはねえ、そんな簡単にポンポン出てくるものじゃないんだよお?ねー、裕子ちゃん。  なつ   ・・・!   なつ、ガタッと立ち上がる。 裕子   ?  美鈴   あれぇー、どうしたの、なっちん!  なつ   外出てきます。ここじゃうるさくて進まないんで。 裕子   あ、ごめんね。あたしもう帰るよ、そろそろ会社戻らなきゃだし。 美鈴   えー、裕子ちゃんもう帰っちゃうの? 裕子   美鈴もちゃんとやんのよー? 美鈴   ふふん、美鈴が締切破ったことある? 裕子   ない。 美鈴   でしょ? 裕子   ま、いつもギリギリだけどね。 美鈴   まあねん!あ、なーっちん、どこ行くの! なつ   外に行ってきます。 美鈴   裕子ちゃん帰るって言ってるじゃん。   なつ、美鈴を軽く睨み付け なつ   甘いもの、食べたくなったんで。 裕子   あ、じゃあ途中まで一緒に行こうよ。なつもどうせアリアでしょ? なつ   今日は、 裕子   んじゃ美鈴、またね! なつ   え、ちょっと、岡本さん・・・! 美鈴   ばいばーい、裕子ちゃーあん!   裕子に引きずられるようにして外に出るなつ。不服そうな顔をするものの、その頬は少し赤くなっている。 なつ   ・・・強引すぎます。 裕子   あはは、ごめんごめん。 なつ   ごめんなんて思ってないくせに。 裕子   なんか、なつ辛そうだなって思ってさあ。なんとなーく、だけどね。 なつ   え? 裕子   っていっても、なつはあたしなんかに話してくれないんだろうけどさ!でもいてもたってもいられなくなっちゃって!   あはは、と笑う裕子から目を逸らし唇を噛み締めるなつ。それにまったく気づかない裕子。 なつ   ・・・ずるい。 裕子   ん?どうした? なつ   ・・・なんでもないです。 裕子   今絶対なにか言ったでしょ!なになに!どうしたの? なつ   なんでもないです! 裕子   なあにー?教えてよー! なつ   もう、岡本さんしつこいです。 裕子   なつは素直じゃないからなー! なつ   岡本さんほどじゃありませんよ。 裕子   へ?あたし? なつ   今日の佐藤さん、すごく甘ったるいにおいがしました。 裕子   ・・・ああ。 なつ   佐藤さんが香水つけないこと、岡本さんなら知ってますよね。 裕子   そうだね。ボディクリームですら嫌がるもんね。 なつ   そういうことですよ。 裕子   わかってるよ。さすがにあたしもそこまでバカじゃないしね。 なつ   いいんですか。 裕子   よくはない、かなあ。でも、しょうがないでしょ? なつ   ・・・そうですか。 裕子   っていうか、なつに気づかれちゃってたんだ!あたしもまだまだだなあ!   そう言って笑う裕子を見て、また唇を噛み締めるなつ。じわりと血の味がする。 なつ   (ぼそっと呟く)・・・裕子さんのこと見てれば、すぐわかりますよ。 裕子   ん?なあに? なつ   なんでもないです。 裕子   そ? なつ   (深いため息)じゃ、わたしこっちなので。 裕子   うん!今日はありがとね。まったね! なつ   はい。またよろしくお願いします、岡本さん。 なつM  別れたふりをして、そっと彼女の背中を見送る。      ・・・裕子さん。小さくつぶやくと、頬が熱くなる。      ごめんなんて言わないで。わたしが苦しいのは裕子さんのせいだよ。      わたしなら裕子さんに我慢なんかさせない。わたしなら裕子さんを幸せにできるのに。      ほんっと、わたしの気持ちなんか1ミリも気づいてないんだ。裕子さんは。      佐藤さんは、裕子さんの気持ち全部わかってて、ああいうことしてるのに。      ・・・こんなことで、こんな風になってしまう自分が悔しい。でもやっぱり、好きだ。   ◆20XX年7月17日   居酒屋。仕事終わりの裕子とひながにこにこと談笑している。 裕子   来ました金曜日!今日は飲むぞー!  ひな   わーい!食べるぞー!  裕子   とりあえず、  二人   かんぱーい!  裕子   あー、おいしい。しっみるなあ。 ひな   最高。あーもう、ここの〆鯖最高ー!  裕子   エイヒレも最高! ひな   あー最高。岡本ちゃんのチョイス最高!さっすが出世頭!  裕子   関係ないでしょ!居酒屋メニューなら江原のほうが詳しそうだけどね? ひな   意外と知らないんだよなあ。岡本ちゃんとこうして飲むときくらいしか居酒屋なんてこないもーん。  裕子   へぇー、意外だなあ。社内でも呑兵衛で通ってるくせに。  ひな   全然強くないのにねー、好きなだけなのにさあ。  裕子   あはは、でも家でも飲んでるでしょ?  ひな   うーん、簡単におつまみつくってなるちゃんとたまに飲むくらいだよ?  裕子   お家飲みデート?  ひな   お家飲みデート。そのあといちゃいちゃできるし、最高。  裕子   人の目気にしなくていいしね。  ひな   そうそれ!いくらでもちゅーできるの!  裕子   あはは、江原んとこは、もう5年なのにすごいラブラブっぷりだよね。  ひな   そうかなあ?   でも、一緒の部屋にいてもずっとべったりしてるわけじゃないし、      デレデレするときもあるけど、それ以外は案外さっぱりだよ?お互い一緒にいたいときに一緒にいる、ってかんじだし。  裕子   いいじゃん。夫婦みたい。 ひな   あながち間違ってないんだよなあ。もはや一緒にいないことが考えられないっていうか。  裕子   出ましたノロケ。  ひな   だーってなるちゃんとのこと打ち明けてるの岡本ちゃんだけなんだもん!許して!  裕子   あはは、いいよいいよ。聞く聞く。  ひな   ありがと!この間ねー、っと言いたいところですが!  裕子   お?  ひな   今日誘ってくれたのには理由があるんでしょ?  裕子   あー  ひな   すんごーい難しい顔して、今週の金曜日空いてる?なんて言うから      もう、一体何があったんだろーって月曜日からずーっと考えてたんだよー!      最近の岡本ちゃん、どことなーく元気ないしさ。  裕子   あはは、そうかなあ?  ひな   そうだよ。まあ、わたしから見てそう見えることがあるってだけだから、違ったらごめんね。    少しの間。裕子、グラスに残った酒をぐっと一気に飲み干す。 裕子   今日はね、江原に紹介したい人がいるんだ。  ひな   紹介?  裕子   あたしの、    その時、裕子の携帯が鳴る。 裕子   あ、ごめんちょっと。(電話に出る)      ん、美鈴?おー、オッケー、今迎えに行くから入口で待ってて。・・・あはは、来ちゃった。行ってくる!  ひな   あ、うん!待ってるよ。    裕子、席を立つ。その背中を見送ったあと、自身の携帯をチェックするひな。 ひな   ・・・きてない、よねえ。   小さくため息。その横顔は、どことなく寂しげ。 美鈴   こーんにっちは?  ひな   へっ?!    突如、耳元で甘い声がする。ぱっと携帯の画面から顔をあげると、そこには無邪気な笑顔があった。 美鈴   あ、間違えちゃった!こんばんはだあ、20時だもんね!  ひな   え、っと?  裕子   ただいま、江原。  ひな   あ、岡本ちゃん!ってことは、  裕子   そう、この子がさっき言ってた、わたしの、  美鈴   佐藤美鈴、21歳!女子大生と思いきや、新人BL漫画家でーす!  ひな   さとう、みすず・・・?    聞き覚えのある響きに小首をかしげ、少し考えた後、 ひな   あ!うちの・・・!って、もしかして岡本ちゃんの?  裕子   そ!最近推してるあたしの担当作家さん!  ひな   へえー、若いとは聞いてたけど、ほんっとに女子大生なんだ!ぴっちぴち!  裕子   こっちはあたしの同期の江原。  ひな   江原ひな、24歳OLでーす!よろしくね!  美鈴   ひなさん!よろしくお願いしまーす!  ひな   やーん、かわいいなあ!キラッキラしてる! 美鈴   えへへ、そんなことないですよお? ひな   や、モテるでしょ?美鈴ちゃん。 美鈴   そ、れ、が、モテなくって困ってるんですよー! ひな   うっそだー!こんなにかわいいのに!ね、岡本ちゃん! 裕子   え?あー、うん。 ひな   だってわたしが男だったら絶対好きになっちゃうもん!かわいーい! 裕子   え? 美鈴   もー、ひなさんったら持ち上げすぎ! ひな   へへ、本心だもーん。 美鈴   あれ、裕子さんグラス空いてるじゃないですか。なにか飲みますー? ひな   あ、ほんとだ。そういえばさっき一気にぐいっといってたもんね。 美鈴   ・・・裕子さん? 裕子   へっ?なに? 美鈴   グ・ラ・ス!空いてますよ? 裕子   ああ。カシオレよろしく。 美鈴   はあい、ひなさんは? ひな   わたしはねー、熱燗! 美鈴   いきますねー! ひな   明日お休みだからね! 美鈴   やった、じゃあ今日はいーっぱい飲めますね? ひな   でもわたし弱いから、お手柔らかにねっ?   初対面にも関わらず和気あいあいとした二人を見て、すこし複雑な裕子。 裕子   ・・・ごめん!あたしちょっと煙草。 ひな   あ、了解!気を付けてねー 美鈴   いってらっしゃあいー   裕子、席を立ち店の外へ。深呼吸。 裕子M  彼女の家以外の場所で、彼女に会う口実が欲しかった。でも、さすがにデートに誘う勇気はなくて。      だから、精一杯の勇気を振り絞って誘った今日の女子会。      江原だったらうちの編集部の同僚だし、美鈴に紹介する理由にもなると思った。      そうやって言い訳を重ねて、やっと会えたのに・・・バカだな、あたし。      美鈴が他の人と話しているだけで、胸の奥が熱くなってしまう。         今まで気づかなかったけど、あたしって結構やきもち妬きなんだな・・・   ポケットの煙草に手をかけ、ぐっと我慢する。    裕子   煙草はやめよ。せっかく禁煙成功したんだし。こんなことで、ね。うん、我慢我慢っと。がんばれあたし、大丈夫。   ――その頃、店内。 ひな   珍しいなあ。 美鈴   なにがですか? ひな   岡本ちゃん、がんばって禁煙したんだよ。税金あがるし、いいことないからって。      ヘビースモーカーだったから、やめるの大変そうだったし・・・ 美鈴   へー、知らなかったあ。 ひな   また吸い始めたなんて知らなかったな。先週飲みに行ったときも吸ってなかったし。なんかやなことあったのかなあ。 美鈴   先週も?仲良いんですね、裕子さんと。 ひな   そうだねー、部署は違えどなんだかんだ同期だし、飲み友だしね! 美鈴   ひなさんって、酔っぱらうとどうなっちゃうタイプ? ひな   えー、そうだなあ、スキンシップ多くなるかなあ。 美鈴   甘えちゃうんだー? ひな   うん、ベタベタしちゃうし。飲みすぎると岡本ちゃんにうざがられるから、ちゃーんとセーブして飲んでるよ。 美鈴   ふふ、いいなあ。酔っぱらってるひなさん見てみたーい。 ひな   いやあ、ほんっと面倒くさいよ!やめてやめてー! 美鈴   そうですかあ?年上のお姉さんが甘えてくるのって、美鈴めちゃくちゃかわいいと思うなあ。 ひな   美鈴ちゃんうまいなあー、でもだめ。 美鈴   えーなんでー?明日お休みでしょー? ひな   さすがにね、迷惑かけるお酒の飲み方は大学生でやめたの! 美鈴   ふーん、残念だなあ。 ひな   社会人にもなるとそんな醜態晒せないよー 美鈴   ひなさんって、真面目なんですね。 ひな   そんなことないよ。岡本ちゃんのほうがずーっと真面目だし努力家だよ?同期イチ! 美鈴   へえー ひな   かっこいいよねえ、岡本ちゃん。 美鈴   美鈴には、ひなさんのほうがずーっと魅力的に見えますよ? ひな   あはは、またまたぁ。 美鈴   ほんとなのに。 ひな   んもう、末恐ろしい子だなあ。   満更でもないように照れ笑いするひなをみて、にっこりと怪しげに笑う美鈴。 美鈴   ひーなさん。 ひな   へ? 美鈴   あーん。 ひな   んっ 美鈴   ふふ、おいしー? ひな   (咀嚼して)ん、おいしい。 美鈴   ひなさん、かーわいいなあ。   裕子、戻ってくる。ベタベタしている二人の姿を見てドキッとする。 裕子   ・・・ちょ、なにやってんの? 美鈴   えー、なにって、あーんってしてただけですよ? 裕子   なに、江原もう出来上がってるの? ひな   えー、そんなことないよ〜、まだ全然。 美鈴   あっ、裕子さんヤキモチー? 裕子   違うよ、バカ。 美鈴   裕子さんにも、あーんってしてあげましょうかあ?あーん! 裕子   いいよ、あたしは。キャラじゃないし。 美鈴   素直なほうがかわいいのになあ。ね、ひなさん? ひな   え?岡本ちゃんはかわいいぞー? 美鈴   うーん?ひなさん、はい、あーん! ひな   んん?あーん。 裕子   ・・・ごめん、あたしちょっと。 美鈴   えー、裕子さん、また煙草? 裕子   違うよ、お手洗い。ごめんごめん。   耐え切れず、俯いたまま笑顔を貼り付けて席を立つ裕子。   そんな裕子を見てくすっと笑い、そのあとをつける美鈴。裕子は苛立っており、美鈴に気づかない。   そのまま店の外に出て、遂に煙草に手を出してしまう裕子。 裕子   (煙草を深く吸う)はー・・・だめだ、あたし・・・ほんっとバカ・・・ 美鈴   ほんと。でも裕子ちゃんのそういうとこってすっごいかーわいい。 裕子   ッ?!美鈴ッ??!   美鈴に声をかけられ、動揺を隠せない裕子。 美鈴   あはは、後ろからずーっとついてきたのに、全然気づかないんだもん!裕子ちゃんってばどんかーん! 裕子   あ、ああ・・・ 美鈴   裕子ちゃん、煙草やめたんじゃなかったの? 裕子   まあ、ね。やめたつもりだったけど、なんだかんだ禁煙って難しいよねえ。 美鈴   嘘ばっかり。 裕子   ! 美鈴   裕子ちゃんが禁煙したのって、美鈴が煙草嫌いって言ったから? 裕子   ・・・そうかもしれないね。 美鈴   美鈴ね、裕子ちゃんが美鈴のこと好きかもってわかってて、ああいうことしちゃった。ごめんね。      それでも裕子ちゃんは、美鈴のことがすき?   少しの沈黙。美鈴から目を逸らし、手の中のライターをぐっと握りしめる。 裕子   な、に言ってんの!あたしは美鈴のこと大好きだよ。なつも、江原も、同じくらい好きだよ! 美鈴   へえー、・・・・・・白ける。 裕子   え? 美鈴   美鈴、先に席に戻ってるね。ひなさんほったらかしだし。 裕子   美鈴―― 美鈴   じゃあね、裕子ちゃん。   美鈴、去る。一人取り残される裕子。しばらく呆然とした後、そっと二本目の煙草に手を伸ばす。 裕子   (深く息を吸って、ため息)そんなの、なんて返せばいいのよ・・・ ◆20XX年7月12日   デート中。携帯ばかりを気にしている鳴海。 ひな   なーるちゃん! 鳴海   わ、ひなちゃん・・・!びっくりした。 ひな   ふふ、買ってきたよー!次のお店行こう? 鳴海   おかえり。さっきのワンピース? ひな   うん!丈短めだから、なるちゃんが着てもロングスカートにならないよー? 鳴海   むー、ひなちゃんわたしとそんなに身長変わらないでしょ! ひな   変わるよー!150cm前半と後半の差は大きいよ? 鳴海   そんなことないもん、数字にしたらほんのちょっとの差だよ! ひな   そうやって小っちゃいって言われることを気にしてむっとしちゃうのが前半組。 鳴海   むむむ。 ひな   ふふ、かわいいー! 鳴海   もう、そうやってすーぐいじめる・・・あ。   ラインの通知音。一瞬表情が変わる鳴海。何食わぬ顔で携帯を取り出し返信する。 ひな   最近、なるちゃん通知オフにしてないんだねー 鳴海   え? ひな   前はグループラインがうるさいからってずっとオフにしてたでしょ? 鳴海   あー・・・うん。 ひな   珍しいなあって思って。 鳴海   やっぱすぐ返信しないと、困ったりすることもあって。友達にも言われるし。 ひな   あはは、普通はそうだよね。 鳴海   そうなのかな。 ひな   わたしは別に気にしないけど、そういう人もいるよね。 鳴海   結構ね。 ひな   好きだなー 鳴海   え? ひな   なるちゃんのそういうとこ。っていうか、なるちゃんのこと。 鳴海   ひなちゃんはいっつも脈絡がない。そういうところ、わたしもすき。 ひな   へへ、知ってる。・・・あ、なるちゃん、わたしクレープ食べたい! 鳴海   いいね、クレープ!1階にあったよね? ひな   うん!あ、でもアイスもいいな〜、久しぶりに31行きたーい!なるちゃんは? 鳴海   うーん、どっちでもいいよ? ひな   言うと思ったー!あー、悩むー悩んじゃう! 鳴海   どっちもいく? ひな   え!お腹冷えちゃう! 鳴海   ふふ、ひなちゃんすぐお腹壊すからなあ。 ひな   でも行く!アイス食べて、クレープ食べる! 鳴海   平気? ひな   平気。アイスへの愛のほうが、上だもん! 鳴海   だと思った。   ふふっと顔を見合わせて笑う二人。 ひな   よーし、じゃあ31でベリーベリーストロベリー食べてー、クレープはおかずクレープにしよーっと!     ひなの言葉の途中で、鳴海の携帯が鳴る。 鳴海   あ・・・電話。ひなちゃんごめん、ちょっと出てくるね。 ひな   え?うん!いってらっしゃーい! 鳴海   ついでにお手洗い、いってくる!   バタバタと慌ただしくその場を去る鳴海。   その背中を複雑な表情で見送るひな。 ひな   ・・・やっぱり・・・・・・ ひなM  わたしには、大好きな人がいる。江原鳴海、21歳大学生。女性。      通称、なるちゃん。わたしの恋人。わたしの妹。      なるちゃんとわたしの関係は、もうすぐ5年になる。      この5年、びっくりするくらい穏やかにゆるやかに時間が過ぎた。      わたしたちの口癖は「知ってる」。自分自身よりも敏感に相手のことがわかってしまう。      それはわたしたちが血を半分だけわけた姉妹だからというわけではなく      二人で築いてきた5年間、ううん、21年間という時間があるからこその"わかる"だ。   小走りで戻ってくる鳴海。表情が少し暗い。     鳴海   ひなちゃん、お待たせ。 ひな   おかえり。 鳴海   あの、ごめんね!友達が、なんかどうしても困ってるみたいで、・・・その、 ひな   えー、せっかく久しぶりのデートなのに? 鳴海   ご、ごめん。ごめんね、今度絶対埋め合わせ―― ひな   そんなのいらないの。今、なるちゃんと一緒にいたいのに。 鳴海   あ・・・・・・ ひな   なーんてね! 鳴海   ! ひなちゃん・・・? ひな   わたしとはいつでも一緒にいれるもん!そんな気にしないで行っておいで。 鳴海   う、うん・・・ごめんね。 ひな   その代わり、今度アイスとクレープ食べに行こ? 鳴海   うん!もちろん! ひな   パンケーキも入れて、三軒くらい回るからね! 鳴海   ひえー、そ、それはひなちゃんのお腹がもつかなあ・・・? ひな   1日断食して臨むから!それよりほら、急がなくていいの? 鳴海   うん・・・ ひな   今更気にするような仲じゃないでしょ! 鳴海   ありがとう。じゃあ、行ってきます。 ひな   うん。・・・あ、ちょっとだけ待って。   ひな、鳴海を正面からぎゅっと抱きしめる。 鳴海   え、ひなちゃん・・・? ひな   (小さくつぶやく)・・・ごめんね、少しだけ。 鳴海   ・・・ん、なあに? ひな   ううん・・・   10秒ほどそうしていたあと、ぱっと体を離し笑顔で鳴海を見つめるひな。 ひな   ん!充電完了!行ってらっしゃい、なるちゃん。 鳴海   (ぎこちなく微笑んで)うん、じゃあ、行ってきます。 ひなM  なるちゃんは、嘘が下手だなあ・・・・・・      ううん。わたしたちは、お互いのことをわかりすぎてしまっているから      たとえなるちゃんが巧みな嘘をついたってきっと気づいてしまっただろう。      「知ってる」は、すごくむずがゆくて誇らしくって、でも今は少し、痛い。      ここ最近、なるちゃんの中で何かが変わったのを感じていた。      勘違いだったらよかったのに。そんなことは絶対にないことをわたしは知っている。 ◆20XX年7月3日   昼休み。いつも通り一緒に昼食をとっている三人。 美鈴   今年の夏は、海行きたいなあー!ね、ね、かわいい水着買おうよー! 朝子   いいね!あたし競泳水着しか持ってないや。 美鈴   さすが元水泳部。 朝子   まあね! 鳴海   また三人で花火大会も行きたいなあ。 美鈴   あ、いいね!去年の隅田川やっばかったよね! 鳴海   人ごみがちょっとね。あそこは毎年すごいよね。 美鈴   あー、でも今年こそ浴衣着たーい! 鳴海   去年は暑いからやだって結局ワンピースだったもんね、美鈴ちゃん。 美鈴   だって浴衣って蒸れるんだもん! 鳴海   わかるよー、わかるけど、 朝子   あ、あのさあ。 二人 ん? 美鈴   どうしたの、朝ちゃん。 鳴海   朝ちゃん、顔真っ赤。 朝子   あー、あのー、ちょーっと言いにくいんだけどさ。 美鈴   なになになに?朝ちゃんと美鈴の仲じゃなあーい! 朝子   う、うざい!真面目にいってんの! 美鈴   あはは。なになに? 朝子   あたしさあ、花火大会はその、だめなんだ。 鳴海   だめって? 美鈴   どういうことー? 朝子   あの、あー、実は、先約がありまして・・・ 美鈴   先約?!先約ってなに?! 朝子   先に約束しちゃったってこと! 美鈴   そんなのわかってるよ!え?誰と? 朝子   いやぁー、それは、そのー、・・・・・・秘密。 美鈴   はあ?秘密?なんで! 朝子   え?!だって嫌じゃん!恥ずかしいし! 美鈴   なんでよ!なるちゃんも気になるよね? 鳴海   ま、まあ、朝ちゃんが嫌なら無理には―― 美鈴   やーだー!気になる!誰?っていうかなに?え、いつから? 朝子   いや!その、なんでもないよ!花火大会もたまたまだし! 美鈴   なにがどうたまたまなの?!花火大会とか、そんなのあれじゃん、カップルイベントじゃん! 朝子   そんなことないよ!ほんっと!全然そんなんじゃないから! 美鈴   じゃあいいじゃん、教えてよ!誰なの?誰といくの? 朝子   えー・・・ 美鈴   だーれー? 朝子   美鈴の知らない人だよ。 美鈴   はい嘘。絶対嘘。 朝子   はあ。 美鈴   教えてくれるまで、美鈴ずーっと朝ちゃんに聞き続ける。 鳴海   美鈴ちゃんなら、ちょっとやりそうかも・・・ 美鈴   美鈴、本気だよ。 朝子   えー・・・あたし、美鈴にだけは言いたくないんだよなあ・・・ 美鈴   朝ちゃん、それどういうこと?!  朝子   だってさあ、うーん。  美鈴   はあ?朝ちゃん美鈴に秘密にするの?しないよね?  朝子   うーん、ごめん。  美鈴   ごめんじゃないよ!教えてよ!  鳴海   み、美鈴ちゃん、落ち着いて。  美鈴   なるちゃんは許せるの?  鳴海   えっ?  美鈴   こんっなに長い付き合いの幼なじみに!今更秘密なんて!ひどくない?  鳴海   え、えーっと、  朝子   美鈴!鳴海はなにも悪くないでしょ、責めないの。  美鈴   わかったあ、なるちゃんは知ってるんでしょ、朝ちゃんの好きな人!      沈黙。 美鈴   ・・・・・・え?  朝子   ・・・・・・・・・鳴海?  鳴海   ご、ごめん朝子ちゃん!わ、わたし嘘つくの、苦手で・・・  美鈴   はああ?!なに、ほんとなの?知ってるの、なるちゃん?  朝子   美鈴!  美鈴   なんで?ずるい!美鈴、朝ちゃんのことはなんでも知ってると思ってた!  鳴海   た、たまたまなの!この前、ね、たまたま知っちゃったっていうか。  美鈴   なにそれ!二人して美鈴に秘密にしてたの?  朝子   違う!ちょ、話聞いて!  美鈴   朝ちゃんは、美鈴よりなるちゃんのことが好きなんだ!  朝子   美鈴!  美鈴   もう朝ちゃんなんて嫌いっ!  朝子   話を聞きなさい!  美鈴   じゃあ、美鈴のほうが、すっ、好き?  朝子   ・・・バカ。二人とも大好きだよ。とっても大切に思ってる。  鳴海   朝子ちゃん・・・  朝子   あたしがあんたに言わなかったのには理由があるの。それは、その、    言いよどむ朝子。少しの間。やがて決心をし、深呼吸。 朝子   あたしが好きなのは、・・・・・・翔ちゃんなんだよ。  美鈴   え?  朝子   や、友達の弟を好きなんてさあ、しかも幼馴染じゃん!そんなの恥ずかしくて言えないよ! 鳴海   わ、わたし、この間たまたま二人が話してるところに鉢合わせしちゃって。      その時の朝子ちゃんみてたら、ね。わかっちゃってさ。  朝子   鳴海にはなんでもお見通しだからなあ。ほんっと恥ずかしい。  鳴海   そんなことないよ。朝子ちゃんがわかりやすすぎるだけだよ。  朝子   それはそれで恥ずかしいよ!  美鈴   ・・・・・・いつから?  二人   え?  美鈴   いっいつから、す、す、すきだったの?  朝子   ・・・ずっと前からだよ。中二くらいかなあ。  美鈴   そんな、前から・・・  鳴海   美鈴ちゃん?  朝子   やー、でも恥ずかしいなあ!美鈴なんてほんっと小っちゃい頃からの付き合いだし。      今まであんまりこういう話しなかったけど、話してみるとほんっと恥ずかしいね!やめやめ!  鳴海   美鈴ちゃん、お茶。 美鈴   え? 鳴海   こぼれてるよ。大丈夫? 美鈴   あ。 朝子   わ、バカ、大丈夫?ほらハンカチ! 美鈴   あ、ありがと。 朝子   もー、美鈴はぼーっとしてるからなあ。      ねー聞いてよ鳴海、こいつあたしがいないと未だに定期の更新すらできないんだよ? 美鈴   べ、別にいいでしょ!機械弱いんだもん。 朝子   あんなの機械っていうレベルじゃないって!中学校から何年通ってんのよ、あんた。 美鈴   べーっだ!朝ちゃんの意地悪! 朝子   あたしはあんたのこと心配してんの! 美鈴   そんなに心配なら、朝ちゃんがずーっと面倒見てくれればいいじゃん! 朝子   バカ、そんなわけにはいかないでしょ! 美鈴   なんでよ! 鳴海   ふふ、ふふふふ・・・!   二人のやり取りを見ていて、思わず笑ってしまう鳴海。 鳴海   あ、ご、ごめんね。二人ともほんとに仲良いんだなあって思って、微笑ましくなっちゃって。 朝子   仲良いっていうか、あたしと美鈴の場合ただの腐れ縁だけどね。 美鈴   家も隣だしねえ。 朝子   ほんと、これで男と女だったら最高だったのになあ。あーあ、美鈴がイケメンだったらなあー! 美鈴   とか言いつつ、ちゃっかり隣の家の幼なじみの弟に恋してるんじゃん、朝ちゃんは!   自分で言いながら、ちょっとむっとしている美鈴。それにまったく気づかない朝子。 朝子   まあね!でも翔ちゃんはそんなの関係なく、普通にいい男だよ! 美鈴   そお?あんっなののどこがいいんだか美鈴にはぜーんぜんわかんない!朝ちゃん見る目なーい! 朝子   そんなことないよ!ね、鳴海? 鳴海   え、わたし? 朝子   鳴海もチラッと見たじゃん。どうだった? 鳴海   あ、あー・・・普通に、かっこいいなって思ったよ。あ、でもどっちかというと可愛い系かなあ。 朝子   だよねー!翔ちゃんさあ、あんなかわいい顔してその上すんごくやさしーの!この間もさあ――   美鈴、ガタッと立ち上がる。 鳴海   み、美鈴ちゃん・・・? 美鈴   美鈴、サークルの先輩に出さなきゃいけないものあったんだった。忘れてた。 朝子   え?あんたのサークルってあのしょうもないインカレサークル、 美鈴   (遮って)なるちゃんも! 鳴海   へ? 美鈴   小林先輩んとこ、行かなきゃでしょ!ほら、行くよ! 鳴海   え、あ、うん。 美鈴   じゃ、ごめんね朝ちゃん。お昼休みもう終わっちゃうから、先行くね。 朝子   え、うん、いいけど。 美鈴   次のイタリア語、美鈴いつもの席がいい。 朝子   おっけ。 美鈴   じゃあね。   美鈴にぐい、と腕を引かれる鳴海。慌てて立ち上がり、 鳴海   えっと、ごめんね朝ちゃん、席取りお願い。 朝子   おー、任せて任せて! 鳴海   うん、じゃあね。   二人を笑顔で見送る朝子。 朝子M  やっぱり、美鈴と恋バナするなんて変な感じだ。      幼稚園から小学校、中学、高校さらには大学までずーっと一緒。      ま、中学からはエスカレーターだから当たり前なんだけど。      美鈴はああ見えて頭がいいくせに、外部受験もしないでそのまんまあがっちゃって、      "別にやりたいこともないし"とか言っちゃう。どっか危なっかしいんだよなあ。      反対に、大学から仲良くなった鳴海はびっくりするくらいしっかり者。      鳴海がいてくれるおかげで、あたしの負担も半分くらいになった感じがする。      真面目で、気が利いてかわいくて。      あー、あたしが男だったら彼女にしたい女の子NO.1なのになあ。      あれで彼氏がいたことないなんて、変な世の中だよなあ。     もぐもぐと、残りのカレーライスを食べる朝子。   朝子   インカレも大変だなあ。ん、ごちそうさまっと。   食べ終わり、ごくっとお茶を飲み干す。 朝子   あ、やっば!イタリア語、鳴海にノート借りるんだったのに・・・忘れてた。当たんないといいなあ。 ◆20XX年7月3日   朝子と鳴海に隠し事をされていたことを拗ねている美鈴。 一見いつも通りに見えるものの、その表情は明らかに曇っている。   美鈴に腕を引かれるまま着いてきた鳴海。朝子が見えなくなるとぱっと腕を離され、困り顔。 鳴海   ・・・美鈴ちゃん? 美鈴   ごめん、なるちゃん。さっきの間違いだった。書類提出、今日じゃなかったや。 鳴海   うん、知ってる。 美鈴   ごめん。 鳴海   なんで謝るの? 美鈴   ごめん。 鳴海   ・・・美鈴ちゃん、まだ怒ってる? 美鈴   別に。 鳴海   でも、さっきまでと全然違う。 美鈴   違くないよ。 鳴海   わかるよ。ごめんね。 美鈴   ・・・・・・ 鳴海   わたしも朝子ちゃんも、悪気はなかったの。 美鈴   ・・・でも美鈴、傷ついた。 鳴海   (小さくため息)ごめんね。 美鈴   美鈴、ほんとにほんとに傷ついた。朝ちゃんとなるちゃんが美鈴に隠し事してるなんて! 鳴海   ごめんね、でも―― 美鈴   謝って済ませようとしないで! 鳴海   本当にそういうつもりじゃなかったの。ごめんね。   気まずい沈黙。 鳴海   ・・・美鈴ちゃんが傷ついてるのは、違う意味で、だよね。 美鈴   どういうこと? 鳴海   大丈夫? 美鈴   なにが。 鳴海   落ち込んでるんだろうな、って。 美鈴   別に。あんなことでほんとに落ち込むわけないじゃん。ただの恋バナだもん。 鳴海   ただの恋バナ、か・・・   少しの間。鳴海、ためらいがちに、 鳴海   でも、美鈴ちゃん泣きそうだよ。 美鈴   そんなことない!      ・・・そういって、なるちゃんは美鈴に同情してるだけでしょ。美鈴のことかわいそうって思ってるだけじゃん。 鳴海   そんなことないよ。ほんとに美鈴ちゃんのこと心配してるよ。 美鈴   嘘だよ。なんにもわかってないくせに! 鳴海   わかってるよ。美鈴ちゃんが朝ちゃんのことすっごく好きなんだって、わたしずっと前から知ってたよ。   美鈴、驚きのあまり沈黙する。 鳴海   ご、ごめんね。でも、ずっと一緒にいたら・・・わかっちゃうよ。 美鈴   ・・・なるちゃん。そのこと、朝ちゃんに言った・・・? 鳴海   え?言わないよ。当たり前だよ。美鈴ちゃんがその気持ち大切にしてるってことくらい、わたしにもわかるよ。 美鈴   ・・・・・・よかったぁ・・・ 鳴海   美鈴ちゃん・・・ 美鈴   この気持ちはね、美鈴にとって絶対の秘密なの。美鈴は、朝ちゃんのこと、ほんとに・・・   好き、といいかけて、言いよどむ美鈴。その目は涙に濡れている。 鳴海   大丈夫。わかるよ。 美鈴   大切なの。ずっとずっと、大切にしてきたの。だから絶対に壊しちゃいけないの。 鳴海   わかる。わかるよ、美鈴ちゃんの気持ち。 美鈴   ・・・なるちゃんって優しいよね。でも、誰にでも優しいって、誰にも優しくないってことだよ。知ってる? 鳴海   優しくなんかないよ。 美鈴   じゃあ、なるちゃんも美鈴にひとつ秘密をちょうだい。 鳴海   え? 美鈴   人には言えない秘密。 鳴海   そ、そんなの、ないよ。 美鈴   じゃあ、好きって言って? 鳴海   え? 美鈴   言ってよ。美鈴のこと好きだって。   間。鳴海、美鈴から目を逸らしながら観念したように小さくつぶやく。 鳴海   ・・・好きだよ、美鈴ちゃんのこと。 美鈴   なるちゃんは、美鈴のことが好き? 鳴海   好きだよ。 美鈴   じゃあ、美鈴の言うこと、聞いてくれるよね? 鳴海   え・・・? 鳴海M  その日から、美鈴ちゃんのわたしへの要求はどんどんエスカレートしていった。      急な呼び出しからはじまり、好きという言葉の強要、挙句の果てはキスの真似事まで。      完全なる同情だ、こんなの。わたしは自分でそうわかっていた。わかっていたのに、突き放せなかった。      美鈴ちゃんに好きというたびに、ひなちゃんの顔が浮かぶ。      わたしは罪悪感に耐え切れず、ひなちゃんを避けるようになっていた。      でも、ずっとこのままではいられない。今日こそ、きちんとひなちゃんに話をしよう。      そう心に決めたというのに――珍しくひなちゃんから連絡が返ってこない。      明日は平日。ひなちゃんは休みの前日以外では絶対にお酒は飲まない。      今日はもう家にいるはずなのに・・・ ◆20XX年8月10日   夜。美鈴との約束のためマンションへやってきた裕子。だがそこには美鈴の姿はなく。   あれ、と思った瞬間美鈴から電話が掛かってくる。    裕子   もしもし、美鈴? 美鈴   やっほー、裕子ちゃん!美鈴だよ〜!   なつ、裕子がやってきた気配を察知しリビングへ入ろうとするが、裕子の声を聞き立ち止まる。 裕子   美鈴?あたし今美鈴の家にいるんだけど―― 美鈴   あれー、今日だっけ?ごめんねぇ、裕子ちゃん。美鈴、今外なの〜 裕子   あ、そうなの?いいよいいよ、急用? 美鈴   きゅうよう?・・・うーん、そうだなあ、そうかも! 裕子   じゃあしょうがない!気にしない気にしない! 美鈴   裕子ちゃんは優しいなあ、大好き! 裕子   あはは、ありがと。 美鈴   でねー、今美鈴ちょっと困っててね? 裕子   ん、どうしたの? 美鈴   ひなちゃんがね〜、酔っぱらっちゃってバタンキューしちゃったんだけどね〜? 裕子   ひな? 美鈴   美鈴、あんまりお酒飲んだことないから介抱ってどうしたらいいかわかんなくてね? 裕子   え、今一緒にいるの? 美鈴   うん!そうだよー 裕子   へえ・・・居酒屋かどっか? 美鈴   ううん、ひなちゃんのお家だよー。タクシー使っちゃった! 裕子   そうなんだ。 美鈴   あ、ひなちゃ、あーーーもう、ちょっと、だめだよ〜、あっ! 裕子   大丈夫・・・? 美鈴   んー、ちょっと一旦切るね!ごめんね裕子ちゃん、またねー! 裕子   あっ、美鈴・・・   ブチッと切られる通話。ため息をついて俯く裕子。何食わぬ顔をして声をかけるなつ。 なつ   ・・・岡本さん。 裕子   あ、なつ。おかえり。 なつ   来てたんですね。この間原稿あがったばっかりなのに。 裕子   うん、今日は様子見。あと、これ・・・   力なく笑い、紙袋を差し出す裕子。 なつ   パブロのチーズケーキ・・・ 裕子   美鈴がこの間食べたいって言ってたからさ、ついでにね。意味なくなっちゃった。 なつ   ・・・・・・ 裕子   あ、でもこれ、ほんとに美味しいから、きっとなつも好きだよ。ね、せっかくだから食べよ。勿体無いし。 なつ   岡本さんが、そうしたいなら。 裕子   あはは、今日のなつは優しいなあ。 なつ   優しくなんかないです。・・・お皿、持ってきます。 裕子   ありがと。   なつと裕子、テーブルに並んで座りチーズケーキを食べる。 裕子   おいしい? なつ   あ、はい。おいしいです。 裕子   そっか、よかった!買ってきたかいがあったなあ。   言いながら、裕子の頬を一筋の涙が伝う。 なつ   ・・・バカみたい。 裕子   え? なつ   そんなに辛いなら、なんで佐藤さんのこと好きでいつづけるんですか。わたしにはわかりません。 裕子   あはは、わたしはそういうの全部わかってて、美鈴のことが、   言いよどみ、一呼吸おいて 裕子   好きなんだよ。 なつ   それでも、辛いんですか。 裕子   それとこれとは話が別だよ。わかってても、辛いものは辛いし、痛いものは痛い。あたし、強くないからさ。 なつ   ・・・・・・ 裕子   でも、強くなんなきゃいけないんだよね。美鈴のこと好きでいるってそういうことだから。 なつ   強くなれるんですか。 裕子   なるんだよ。   潤んだ瞳でにっこり笑う裕子を見て口をつぐむなつ。少しの間。 なつ   ・・・岡本さん。煙草。 裕子   あー・・・あはは、気づかれちゃってたか。なつはなんでもお見通しだなあ。 なつ   においですぐにわかります。 裕子   そんなもんか。すごいな。 なつ   ・・・それほど、岡本さんにとってキツイってことなんじゃないんですか。 裕子   別に、フツーに我慢できなくなっちゃっただけだよ。 なつ   そんなはずない。岡本さんは一度決めたことは絶対にやり通す人だって、わたし知ってます。 裕子   ・・・そういう性格、やんなるときもあるよ。あたしだってさ。 なつ   ・・・ッ!   なつ、衝動的に乱暴に裕子を抱きしめる。   腕に引っかかったのか、なつ側の皿が食べかけのチーズケーキと共に床へ散乱する。 裕子   なつ・・・? なつ   裕子さん・・・好きです。ずっと好きでした。わたしは優しくなんかありません。      裕子さんのこと気遣うフリして、わたしのものになってほしいって、      佐藤さんのこと諦めてくれないかなって思って、言いました。 裕子   なつ―― なつ   佐藤さんのことを好きな裕子さんのままでいいです。今はそれでいいから、わたしと付き合ってください。      わたし、絶対に佐藤さんなんかに負けないです。約束するから。   沈黙。やがて、そっとなつの体を抱きしめ返す裕子。 裕子   ・・・そんなこと、言わせてごめんね。   すっと体を離し、裕子を見つめるなつ。 なつ   笑ってください、裕子さん。わたし、裕子さんの笑顔が好きなんです。 裕子   ・・・うん。ありがとう、なつ。 なつ   ねえ、なっちゃんって呼んでくれませんか。 裕子   え? なつ   裕子さんにそう言われるの、夢だったんです。 裕子   あはは、かわいい。 なつ   ねえ、裕子さん。気持ちはなくてもいいから、好きって言ってください。嘘でいいから。 裕子   ・・・・・・好きだよ、なっちゃん。 なつ   わたしも大好きです、裕子さん。 ◆20XX年8月10日   酔っぱらったひなをタクシーに乗せ、ひなの自宅へと連れ帰ってくる美鈴。   ひなと連絡がつかず心配になった鳴海と鉢合わせする。 鳴海   !!・・・美鈴ちゃん? 美鈴   あれぇ、なるちゃん? 鳴海   な、なんで美鈴ちゃんがここに――って、お姉ちゃん・・・?!   眠っているひなを見て、様々なことに気づいてしまい途端に冷静な表情になる鳴海。 美鈴   ひなさん、酔っぱらっちゃって大変だから、連れて帰ってきたの。 鳴海   美鈴ちゃん、お姉ちゃんと知り合いなの・・・? 美鈴   うん!仲良しなの。 鳴海   ・・・そうなんだ。 美鈴   なるちゃんは?こんな時間にどうしたの? 鳴海   わたしは・・・別に。たまにこうして、お姉ちゃんとこに泊まりにくるの。それだけだよ。 美鈴   へえ、そうなんだあ。仲良いね〜? 鳴海   お姉ちゃん、放っとくとご飯食べなかったり洗濯物放置したりしちゃうから。 美鈴   なるちゃんって優しいよね。 鳴海   世話焼くのが好きなだけだよ。わたしが好きだからしてるの。 美鈴   ねえ、なるちゃん。 鳴海   なあに、美鈴ちゃん。 美鈴   美鈴のこと、好きって言ってよ。 鳴海   どうしたの、いきなり。 美鈴   いいから、好きって言ってよ。今ここで。   鳴海、ちらっと隣で眠っているひなを見やり、ためらいがちに。 鳴海   ・・・すきだよ。美鈴ちゃんのこと。 美鈴   ひなさんよりも? 鳴海   え? 美鈴   ひなさんよりも美鈴のほうが好き? 鳴海   お、お姉ちゃんは家族だもん、美鈴ちゃんとは違うよ。 美鈴   家族?本当にそれだけ? 鳴海   なに言ってるの、美鈴ちゃ―― 美鈴   美鈴、知ってるよ。なるちゃんとひなさんのこと。 鳴海   ・・・ひなちゃんは、お母さんは違えど家族だよ。家族と友達は一緒じゃないでしょ。 美鈴   嘘。 鳴海   嘘じゃないよ。 美鈴   じゃあ美鈴のこと、ひなさんより好き? 鳴海   ・・・うん。 美鈴   言って。 鳴海   え? 美鈴   ちゃんと口に出して言ってよ。ひなさんより美鈴が好きって。   いつものように、眉間に皺を寄せ美鈴から目を逸らしながら苦しげに呟く鳴海。 鳴海   お姉ちゃんより、美鈴ちゃんのほうが好きだよ。 美鈴   ひなさんはなぁんにも関係ない。ただの家族。 鳴海   お姉ちゃんは、なにも関係ない。ただの家族だよ。 美鈴   美鈴のこと、大好きだよ。 鳴海   美鈴ちゃんのこと、大好きだよ・・・ 美鈴   だめ。ちゃんと目を見て言って。 鳴海   !   一瞬、泣きそうな顔になる鳴海。それでもぐっとこらえて、美鈴を真っ直ぐ見つめる。 鳴海   美鈴ちゃんのことが、好きだよ。   美鈴、にっこり笑って 美鈴   ふふ、ありがとなるちゃん。ちょっと元気になった。 鳴海   う、ううん。 美鈴   なるちゃんがそんなに美鈴のこと大切に思ってくれてるなんて感動しちゃった! 鳴海   そんな、・・・そんなの当たり前だよ。 美鈴   ごめんね。 鳴海   え? 美鈴   ひなさんね、酔っぱらうとすーぐなるちゃんの話になるんだあ。      なるちゃんのこういうとこが可愛くて、とか、こういうとこが好きで、とかさ。      だから美鈴、全部わかってたんだ。 鳴海   ・・・そんな・・・ 美鈴   でも、なるちゃんが美鈴のこと好きって言ってくれて嬉しかったよ。ありがと。 鳴海   ・・・・・・うん。それで美鈴ちゃんが少しでも楽になるなら。 美鈴   なるちゃん、美鈴に好きって言うとき、絶対目合わせてくれないの。知ってた? 鳴海   え? 美鈴   それが悔しくって、だからこーんな回りくどい意地悪しちゃった。ごめんね。 鳴海   回りくどい、意地悪・・・? 美鈴   でも、おかげですっごい嬉しかったよ。美鈴、ちょっとだけ救われたかも。 鳴海   ・・・美鈴ちゃん。こんなことで本当に美鈴ちゃんは嬉しいの・・・?      こんなことして、美鈴ちゃんは本当に救われるの?わたしにはそう思えないよ。 美鈴   そんなの、美鈴が決めることでしょ。なるちゃんには関係ない。 鳴海   よくないよ。ちゃんと朝ちゃんに気持ちを―― 美鈴   うるさいッ! 鳴海   ! 美鈴   美鈴だって、何度だってそうしようとしたよ・・・!でも無理だった!      美鈴は、朝ちゃんのこと、本当に大切なの。なるちゃんには一生わかりっこない!   言いながら涙を流す美鈴。強気な美鈴がはじめて見せる涙に、はっとする鳴海。 鳴海   ・・・ごめん。ごめんね、美鈴ちゃん。      でも、美鈴ちゃんが踏み出す気がないなら、わたしはもう付き合えないよ。 美鈴   え・・・? 鳴海   わたしにはこれ以上、美鈴ちゃんを苦しめることはできないから。      美鈴ちゃん、今日は帰って。明日また、学校でね。 ◆20XX年8月10日   前日、泥酔して帰宅したひな。家に帰ったあたりから記憶がない。   気性の時間を告げるアラームに起こされ、目覚める。   ひな  ん・・・あれ?わたし・・・ 鳴海  ひーなちゃん!おはよう! ひな  なるちゃ・・・あれ?昨日は確か―― 鳴海  ひなちゃん、連絡つかないから心配になってきてみたら、酔っぱらって爆睡してるんだもん。     お化粧落としたり、お洋服脱がせたりするの大変だったんだからね? ひな  え!ご、ごめん・・・あ、でもちゃんと帰れたんだぁ・・・よかったあ・・・ 鳴海  珍しく泥酔してたね。あんなひなちゃんみたの、はじめて。 ひな  うーん、強いお酒飲んでないんだけどなあ。体調悪かったのかなあ。 鳴海  もう、気を付けてね。 ひな  はーい。   むくっと起き上ったひな。キッチンにいる鳴海の元へ行き、後ろからそっと抱きしめる。 ひな  わー、フレンチトースト! 鳴海  ひなちゃん、好きでしょ? ひな  うん、好き! 鳴海  一人だと朝ごはんすーぐ抜くから、わたしがいるときくらいね。 ひな  ふふ、なるちゃんの作るフレンチトースト大好き! 鳴海  ならよかった。   少しの沈黙。 鳴海  ひなちゃん、あのね・・・ ひな  ん?どうしたの? 鳴海  うーん。 ひな  なあに? 鳴海  ・・・やっぱり、なんでもない。 ひな  ん。そっか。 鳴海  聞かないの? ひな  なるちゃんが言わないって決めたなら、きっとそうするのが1番いいんだと思うから。 鳴海  信用してくれてるんだ。 ひな  当然でしょ。 鳴海  へへ、ひなちゃん大好き! ひな  わたしの方がだーいすき! 鳴海  そんなことないよ、絶対絶対、わたしの方が好きだよ? ひな  負けないよ?      顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出す二人。 二人 ねぇ。 ひな  あ、 鳴海  ひなちゃん、先にどうぞ。 ひな  なるちゃんからいいよ。 鳴海  いいの!どうぞ。 ひな  ・・・わたしね、なるちゃんになら例えめちゃくちゃに傷つけられたっていいよ。 鳴海  ひなちゃん。 ひな  わたし実はね、なにがあってもずーっとなるちゃんのことを好きな呪いにかかってるの。 鳴海  なあに、それ。 ひな  へへ。 鳴海  ひなちゃんのバカ。 ひな  バカかなあ。 鳴海  ・・・わたしも、同じこと言おうとしてたよ。 ひな  ふふ、知ってた。 鳴海  あ、やば、焦げちゃう! ひな  あー!なるちゃんのうっかり者ー!! 鳴海  あはは、黒コゲだ。 ひな  でも、きっと粉砂糖かけたらおいしいよ。 鳴海  なにそれ、それもう砂糖の味しかしないよ? ひな  でもいいの。なるちゃんの愛と砂糖の味!それでじゅーぶん。 鳴海  もう、ひなちゃんほんとバカだなあ。 ひな  へへ、知ってる。 ◆20XX年8月18日   なつ・美鈴のマンション。なつは黙々と作業をしている。ノートを広げ、それをつまらなさそうに見ている美鈴。 美鈴   ねえ。なっちん、最近煙草のにおいする。 なつ   気のせいじゃないですか。 美鈴   美鈴、煙草嫌いだもん。絶対気のせいじゃない。 なつ   そうですか。 美鈴   ちょっと!なっちん、まだ18でしょ?ねえ知ってる?20歳未満の喫煙は法律で禁止されて―― なつ   知ってます。 美鈴   じゃあやめて。 なつ   (ため息)吸ってませんから。 美鈴   シラきるの? なつ   事実です。   美鈴、むっとして、なつに後ろから抱きつく。    なつ   んなっ! 美鈴   ほーら、絶対煙草のにおい・・・あれ? なつ   離してください。 美鈴   美鈴、このにおい知ってる。 なつ   ちょ、っと、佐藤さんってば! 美鈴   あ。わかったあ! なつ   ・・・なんですか。 美鈴   へえ、そうなんだあ。   ぱっと体を離し、にやにやとなつを見る美鈴。 なつ   なにがですか。 美鈴   ねえなっちん、ほんとに吸ってないの? なつ   何回言わせるんですか。吸ってません。 美鈴   じゃあ、そういうことかあ。 なつ   なんですか、その含みのある言い方。 美鈴   美鈴ねえ、煙草嫌いなの。 なつ   さっきも聞きました。 美鈴   だからすーっごく敏感なんだあ、煙草のにおい。 なつ   はあ。 美鈴   これ、裕子ちゃんのにおいだよね? なつ   なに言ってるんですか。 美鈴   最近裕子ちゃん、極端にウチにこなくなったから不思議だなあって思ってたんだあ。      ラインも向こうからくること減ったし、なっちんは最近よくお泊りしてるし。 なつ   ・・・だとしたら、なんだって言うんですか。 美鈴   あ、あったりー?やったあ、美鈴ちゃん名探偵! なつ   放っておいてください。 美鈴   え? なつ   わたし、今これはこれで幸せなんです。だからなにも知らないフリして、放っておいてください。 美鈴   へえ。裕子ちゃんは美鈴のことが好きなのに? なつ   ・・・ッ!そんなこと最初っからわかってます。 美鈴   それでなっちんは幸せなんだ。 なつ   今はそれでもいいんです。 美鈴   なっちん、なんかかわいそう。 なつ   それを決めるのはわたしですから。 美鈴   そうだね。それはそうだ。   美鈴、にっこり笑って電話をかけ始める。 なつ   ・・・なんですか? 美鈴   なっちんが本当に幸せかどうか、美鈴が試してあげる。 なつ   なにを―― 美鈴   あ、裕子ちゃん?美鈴だよー!あはは、裕子ちゃんったら最近全然遊びにきてくれないんだもーん。      寂しくって、つい電話しちゃった。・・・うん、うん、あのね・・・裕子ちゃん、美鈴のこと好き?      ・・・・・・えへ、うれしー!じゃあね、そんな裕子ちゃんに1こだけお願い!ほんとにこれで終わり!      そしたら美鈴、すーっごいがんばれる!  もうね、すーっごい売れる新作書けちゃう!      あはは、ほんとだよー?美鈴嘘つかないもーん。あのね、今から、   耐え切れず、ガタッと立ち上がり家を飛び出すなつ。その瞬間、途端に退屈そうな顔になる美鈴。 美鈴   ・・・あーあ。あー、ううん!なんでもなーい!ごめんね、じゃあまたね、裕子ちゃん。     ちゃーんと、また美鈴に会いにきてね?うん!じゃあね、ばいばーい!   電話を切る美鈴。大きく欠伸をし、なつが座っていた椅子に腰かける。 美鈴   なっちんってほんっとに可愛いなあ・・・ ◆20XX年8月21日   美鈴と朝子、大学からの帰り道。なつと遭遇する。 なつ   (ぼそっと呟く)・・・来た。 美鈴   あれ?なっちんじゃん。偶然! なつ   どうも。 朝子   知り合い? 美鈴   うん!仕事関係の〜 朝子   あー。 美鈴   どしたの?今日は美鈴、実家に帰るって言わなかったっけ? なつ   聞きました。 美鈴   え、急ぎの修正ー?やだなあ、今日は仕事モードじゃないのにー なつ   違います。      ・・・はじめまして、佐藤さんと一緒に仕事させてもらてます、安藤なつです。 朝子   あ、はじめまして!月村朝子です。 美鈴   あはは、なんか変な感じ!朝ちゃんはねー、美鈴の幼なじみなの! 朝子   ただの腐れ縁だけどね。 美鈴   なっちん、美鈴の友達に会うのはじめてだよねー? なつ   はい。 美鈴   この子ね、まだ18なんだよ!現役女子高校生なの!すごいでしょ? 朝子   え、そうなんだ!なつちゃん?大人っぽい! 美鈴   仕事もキッチリやるしさあ、すんごいのー なつ   美鈴さんがギリギリすぎるだけです。 朝子   あはは、美鈴はなあ、危なっかしいよねえ、ほんと。お世話になってます。 美鈴   ちょっとー、どういうこと?一応締切には間に合ってるもん! 朝子   間に合えばいいってもんじゃないでしょ? 美鈴   むう、ちゃんとしてるよー、もう・・・ なつ   お二人は、本当に仲が良いんですね。 朝子   や、ほんとただの腐れ縁だから!あたしが世話してるだけ! 美鈴   世話ってなによう! 朝子   ほんとのことでしょー? なつ   佐藤さん、朝子さんがいないとダメなんですね。 朝子   まあ、保護者みたいなもんだから。 なつ   本当に、そうなんですか? 美鈴   え? 朝子   本当にもなにも、もうお世話しまくりだよ! なつ   ・・・やっぱり。朝子さんは鈍いんだ。想像してた通り。 朝子   ・・・え? なつ   佐藤さんって、朝子さんのこと好きなんですよ。もちろん、恋愛的な意味で。 朝子   え? 美鈴   ちょっと・・・! 朝子   や、やだなあ、普通に仲良いだけだよ?幼馴染ってこんなもん―― なつ   わたし、知ってますよ。佐藤さん。 美鈴   は? なつ   佐藤さんの日記。ずいぶん前に見ちゃいました。 美鈴   ・・・! なつ   最初はネタ帳かなって思ったんですけど、でもそんなはずないですよね。わたしたちBL漫画家なんだし。      朝ちゃんなんて明らかに女の人の名前、でてきませんよね。 美鈴   なつ・・・ッ! なつ   でもさすが佐藤さん!ちゃんとその妄想日記に書かれたことネタにして、原稿かいてるんだもん。   乾いた音が響く。目をうるませた美鈴と、頬を赤くしたなつ、呆然とした朝子。 朝子   み、美鈴、何やって―― なつ   朝子さん、知ってました?わたしたちのデビュー作って、幼馴染同士の純愛モノだったんですよ。 美鈴   帰って。 なつ   え? 美鈴   帰ってよ!そんなこと言うためにわざわざ来たの?最ッ低!   なつ、ほんのりと微笑を浮かべる。 美鈴   朝ちゃん、帰ろっ!   朝子の腕を取ろうとする美鈴。が、 美鈴   朝ちゃん・・・? 朝子   あ・・・あ、ご、ごめん!あたし、ちょっと・・・!   すっと美鈴から一歩離れる朝子。 朝子   ご、ごめん!よくわかんなくって・・・!ま、また明日!   そのままその場を去る朝子。 美鈴   朝ちゃん・・・・・・? ◆20XX年8月22日   チャイム音。朝子が扉を開けると、そこには美鈴がいる。    美鈴   あーさちゃん。 朝子   あ、美鈴・・・ 美鈴   もー、ラインも電話も全スルーなんだもん。おまけに今日サボったでしょ? 朝子   ・・・ごめん。 美鈴   なるちゃん、心配してたよ? 朝子   ごめん。   美鈴、そっと玄関へ滑り込む。    美鈴   美鈴ー、もしかして避けられてる? 朝子   え。 美鈴   もしかしてー、昨日のこと気にしてる? 朝子   ・・・・・・ 美鈴   え、ほんとに?あんなの信じちゃってるの? 朝子   だ、だって、 美鈴   あはは、朝ちゃんバカみたい! 朝子   で、でも美鈴さ、顔だけなら割と結構可愛いほうなのに、      なんだかんだずっと彼氏とかいないし・・・そういうことなのかなって。 美鈴   あれ、なんか褒められた? 朝子   こういう時に、冗談言わないでよ・・・ 美鈴   言うよ。だってぜーんぶ嘘なんだもん。 朝子   ・・・・・・ 美鈴   朝ちゃんがそんな真剣に悩むこと、ひとつもないのに。バカみたい。朝ちゃんバカ!大バカ! 朝子   そんなに何回もバカって言うな。 美鈴   あはは、そんなに心配なら、今度男の子紹介してよ。 朝子   中学から女子校生活のあたしに、そんな人脈あると思う? 美鈴   ないとおもーう! 朝子   でしょ。 美鈴   知ってた。あはは。 朝子   そっか・・・なんだ、真面目に考えてたの、バカみたい! 美鈴   でしょ?朝ちゃんは大バカ! 朝子   うるさいよ、美鈴。 美鈴   ねえねえ、美鈴ねー、今日朝ちゃんのお家にきたのには重大な理由があるのでしたー! 朝子   なに? 美鈴   ひっさしぶりにコレみたくなっちゃって、TSUTAYAで借りてきたの!   鞄の中から1枚のDVDを取り出す。 美鈴   あのほら、男の子と女の子のわんちゃんが、二人でスパゲッティ食べるやつ!      ちっちゃい頃よく見たじゃん! 朝子   うっわ、懐かしい・・・もうほとんど内容覚えてないけど。 美鈴   これ見よ見よー?朝ちゃんおっきいミートボール入ったスパゲッティつくってー! 朝子   今日はあたししかいないし、まあいいけど・・・あんた自分の家で見なよね。 美鈴   だってうちにはDVDプレーヤーないんだもーん。 朝子   そうだっけ?まあいいけど。 美鈴M  それに、これは朝ちゃんと見なくっちゃ意味ないんだよ。とは言えなかった。      こういう時、朝ちゃんが鈍くって助かる。      なんでこんなに好きなのに、朝ちゃんは気づかないんだろう。      なんで平気で好きな男の話とか美鈴にするんだろうって思ってたけど、      朝ちゃんが鈍感じゃなかったら、もうずっと前にこの恋は終わっていた。      朝ちゃんが料理をしているところを見るのが好き。ずーっと、その横顔を見つめていられるから。      普段は気づかれないように、息をひそめて盗み見るので精一杯なのに、      その間だけは、ずっと見つめていられるから。      まばたきなんかしたくない。もっと我儘いうなら、このまま時間が止まっちゃえばいいのに。   朝子が作ったスパゲティを食べながら、DVDを観る二人。 朝子   ミートボール、もう少し大きいほうがよかったかな。 美鈴   んー?美味しーよ? 朝子   ん。ならよかった。   沈黙。 美鈴   ・・・美鈴、朝ちゃんのごはんすき。おいしい。 朝子   ありがと。   再び、沈黙。 朝子   ねー、美鈴。 美鈴   なあに? 朝子   これさ。 美鈴   うん、美鈴も気づいてた。 朝子   だよね。 美鈴   犬であることには変わりないけどね。 朝子   白黒のほうの犬だけどね。 美鈴   かわいいはかわいいよ。 朝子   求めてたかわいさじゃない。 美鈴   それはー、・・・たしかに?   二人、顔を見合わせて笑う。 朝子   あはは、あんたほんっとバカ! 美鈴   だって犬ってことしか覚えてなかったんだもん! 朝子   あーもう、ほんとバカだなあ。 美鈴   うるさーい!でもいい、朝ちゃんのご飯食べれたし!満足! 朝子   はいはい。 美鈴   今度はちゃんとしたほう借りてくるから。 朝子   うん、また今度ね。   そのまま、「101匹わんちゃん」を見ながらミートスパゲティを食べる二人。 ◆20XX年8月18日   夜。裕子のマンション。 なつ   ・・・裕子さんの気持ちはよくわかりました。 裕子   なつ・・・ごめんね。 なつ   もうなっちゃんって呼んでくれないんですね。 裕子   ・・・ごめん。 なつ   謝らないでくださいよ。元々わたしのずるいお願いを裕子さんが聞いてくれた。それだけの関係です。 裕子   そんなこと、 なつ   ずるいついでに、最後に一つだけ、わたしのお願いを聞いてくれますか。 裕子   ・・・・・・なあに? なつ   ・・・裕子さんのこと、このままずっと、好きでいてもいいですか。 裕子   ・・・だめだよ。なつはまだ若いし、もっとあたし以外を見なくちゃ―― なつ   そんな優しい言葉とかいらないから!裕子さんはただ黙って、うんって頷いてください。      黙って、わたしの言うこと受け入れてください。お願いだから。 裕子   ・・・・・・ なつ   お願いします。もうそれ以上、何も望まないって約束するから。 裕子   わかった。 なつ   裕子さん。 裕子   でも!・・・前に進む努力はしなきゃダメだよ。 なつ   ・・・はい。 裕子   あたしはなつのことが大切なの。なつの才能も尊敬してるし、なつ自身のことも好きだよ。 なつ   知ってます。でも、ありがとうございます。 裕子   本当だから。 なつ   わかってますよ。 裕子   よかった。 なつ   ――23時半、か。日付が変わったら、わたしと裕子さんはもう恋人じゃないってことで。 裕子   あと、30分? なつ   欲張りですか? 裕子   ううん、それでなつが納得するんなら。 なつ   優しいなあ、裕子さんは。その優しさが、好きです。 裕子   優しくなんかないよ。 なつ   いいえ、優しいんです。でも裕子さんのその優しさは、人を傷つけることもある。      それでも好き。だってわたし、裕子さん大好き人間だから。      あとね、裕子さんって、顔をくしゃってして笑うでしょ。目じりに皺できるくらい笑うでしょ。それもすき。 裕子   ・・・・・・ なつ   あと、自分のかわいさに無自覚なところとか、危なっかしいけどやっぱりかわいい。      甘いものあんまり得意じゃないくせに、コンビニで新作スイーツがあるとつい買っちゃうところも好き。      あと、お酒飲んだ次の日のちょっと浮腫んだ顔とか。      今だって、ああ裕子さんってこんな切ない顔もするんだなとか思ってます。わたし、変態なんです。 裕子   ・・・・・・なつ・・・ なつ   裕子さんは、こんな変態にちょっとたぶらかされただけ。そう思っていてください。 裕子   ・・・そんなこと、言わせてごめんね。   沈黙。なつ、ちらっと時計を確認してそっと立ち上がる。 なつ   それじゃ、今日は帰りますね。 裕子   駅まで送ってくよ。 なつ   大丈夫です。 裕子   でももう遅いし、危ないよ。 なつ   こんな時に、優しくしないでください 裕子   あ・・・ なつ   これ以上一緒にいたら、わたし泣いちゃいますから。 裕子   ごめん。 なつ   そんな顔しないでください。さっきも言ったじゃないですか。わたし、裕子さんの笑顔が好きなんです。 裕子   ・・・ありがと。 なつ   さようなら、裕子さん。 なつ   ・・・・・・最後まで、裕子さんは優しいな・・・残酷。 ◆20XX年8月24日   なつと別れ、前のようにマンションへ顔を見せにくる裕子。 美鈴   わあー、久しぶりの裕子ちゃんだあー! 裕子   あはは、そんなにかなあ? 美鈴   そんなにだよー! 裕子   はいはい。久しぶり、美鈴。 美鈴   うん!もー、寂しかったよー? 裕子   なつも。久しぶり。 なつ   ・・・お久しぶりです。 美鈴   ねえねえ、なんで来てくれなかったのー? 裕子   やー、仕事が立て込んじゃってねー!ごめんごめん。 美鈴   ねー、なっちゃんも一緒に裕子ちゃんいじめようよー、なんでこなかったのーって。 なつ   (ため息)・・・なっちゃんって呼ぶの、やめてください。 美鈴   えー、なっちんもなっちゃんも一緒でしょ? なつ   違います。 美鈴   ちぇー、ケチ。 なつ   美鈴さん。わたし、ちょっと外出てくるんで。 美鈴   え、今裕子ちゃん来たばっかりなのにー? なつ   ここじゃうるさくて集中できませんから。 裕子   あ、ごめん!あたしすぐ帰るよ、会社戻らなきゃだし。 なつ   気にしないでください。そういう気分なんで。   俯いたまま立ち去るなつ。ドアを閉める間際に振り向いて なつ   岡本さんも、ごゆっくり。   なつ、去る。 裕子   ・・・はじめて聞いた。 美鈴   へ? 裕子   なつが、美鈴のこと名前で呼ぶの。 美鈴   あー、そう言われれば確かにー? 裕子   仕事とプライベートわけたいんです、とか言って佐藤さんって呼び続けてたのにね。 美鈴   ねー、わけたいとかいってルームシェアしちゃってるのに、なっちゃん変なとこでマジメだよねー 裕子   そこがまたなつの可愛いところだけどね。 美鈴   あはは、ほんっとなっちゃんってバカみたいに素直でかっわいいー なつM  あのあまったるい声で、なっちゃんって・・・      あの時の裕子さんと同じように呼ぶアレが、わざとだとわからないくらいには、わたしももう幼くない。      彼女はそういう人だ。いつも強かに、遠回しに、いやらしいやり方をする。      あの時の彼女を思い出してみる。 わたしの頬を叩いた手の温もりとわたし以上に傷ついた、泣きそうな顔をした彼女。      いつも自信たっぷりな彼女が見せた動揺に、あのとき、不覚にもわたしは――      ・・・美鈴さん。もう一度そっとその名前をなぞる。口になれないその言葉。甘すぎる、その言葉を。 なつ   美鈴さん、・・・ずるい。やっぱり大っ嫌いだ。 Home inserted by FC2 system