「だいすきなひとのすきなひと。」後編  作・葉月まな ・佐藤美鈴(さとうみすず)  21歳。BL漫画家(原作担当)。  好きじゃないものはうまく扱えるテクニックを持っている。 ・安藤なつ(あんどうなつ)  18歳。BL漫画家(作画担当)。  素直すぎる性格をしていることを自覚している。 ・月村朝子(つきむらあさこ)  21歳。美鈴・鳴海の同級生。  どこまでも鈍感で、真っ直ぐな愛らしさがある。 ・岡本裕子(おかもとゆうこ)  24歳。なつと美鈴の担当編集。  好きな人のお願いはなんでも聞いてしまうタイプ。 ・江原鳴海(えはらなるみ)  21歳。美鈴・朝子の同級生。ひなの異母妹。  周りの感情に敏感すぎるきらいがある。 ※裕子と鳴海は台詞が少なめなので被り推奨 ◆20XX年7月3日   昼休み。いつも通り一緒に昼食をとっている三人。 美鈴   今年の夏は、海行きたいなあー!ね、ね、かわいい水着買おうよー! 朝子   いいね!あたし競泳水着しか持ってないや。 美鈴   さすが元水泳部。 朝子   まあね! 鳴海   また三人で花火大会も行きたいなあ。 美鈴   あ、いいね!去年の隅田川やっばかったよね! 鳴海   人ごみがちょっとね。あそこは毎年すごいよね。 美鈴   あー、でも今年こそ浴衣着たーい! 鳴海   去年は暑いからやだって結局ワンピースだったもんね、美鈴ちゃん。 美鈴   だって浴衣って蒸れるんだもん! 鳴海   わかるよー、わかるけど、 朝子   あ、あのさあ。 二人 ん? 美鈴   どうしたの、朝ちゃん。 鳴海   朝ちゃん、顔真っ赤。 朝子   あー、あのー、ちょーっと言いにくいんだけどさ。 美鈴   なになになに?朝ちゃんと美鈴の仲じゃなあーい! 朝子   う、うざい!真面目にいってんの! 美鈴   あはは。なになに? 朝子   あたしさあ、花火大会はその、だめなんだ。 鳴海   だめって? 美鈴   どういうことー? 朝子   あの、あー、実は、先約がありまして・・・ 美鈴   先約?!先約ってなに?! 朝子   先に約束しちゃったってこと! 美鈴   そんなのわかってるよ!え?誰と? 朝子   いやぁー、それは、そのー、・・・・・・秘密。 美鈴   はあ?秘密?なんで! 朝子   え?!だって嫌じゃん!恥ずかしいし! 美鈴   なんでよ!なるちゃんも気になるよね? 鳴海   ま、まあ、朝ちゃんが嫌なら無理には―― 美鈴   やーだー!気になる!誰?っていうかなに?え、いつから? 朝子   いや!その、なんでもないよ!花火大会もたまたまだし! 美鈴   なにがどうたまたまなの?!花火大会とか、そんなのあれじゃん、カップルイベントじゃん! 朝子   そんなことないよ!ほんっと!全然そんなんじゃないから! 美鈴   じゃあいいじゃん、教えてよ!誰なの?誰といくの? 朝子   えー・・・ 美鈴   だーれー? 朝子   美鈴の知らない人だよ。 美鈴   はい嘘。絶対嘘。 朝子   はあ。 美鈴   教えてくれるまで、美鈴ずーっと朝ちゃんに聞き続ける。 鳴海   美鈴ちゃんなら、ちょっとやりそうかも・・・ 美鈴   美鈴、本気だよ。 朝子   えー・・・あたし、美鈴にだけは言いたくないんだよなあ・・・ 美鈴   朝ちゃん、それどういうこと?!  朝子   だってさあ、うーん。  美鈴   はあ?朝ちゃん美鈴に秘密にするの?しないよね?  朝子   うーん、ごめん。  美鈴   ごめんじゃないよ!教えてよ!  鳴海   み、美鈴ちゃん、落ち着いて。  美鈴   なるちゃんは許せるの?  鳴海   えっ?  美鈴   こんっなに長い付き合いの幼なじみに!今更秘密なんて!ひどくない?  鳴海   え、えーっと、  朝子   美鈴!鳴海はなにも悪くないでしょ、責めないの。  美鈴   わかったあ、なるちゃんは知ってるんでしょ、朝ちゃんの好きな人!      沈黙。 美鈴   ・・・・・・え?  朝子   ・・・・・・・・・鳴海?  鳴海   ご、ごめん朝子ちゃん!わ、わたし嘘つくの、苦手で・・・  美鈴   はああ?!なに、ほんとなの?知ってるの、なるちゃん?  朝子   美鈴!  美鈴   なんで?ずるい!美鈴、朝ちゃんのことはなんでも知ってると思ってた!  鳴海   た、たまたまなの!この前、ね、たまたま知っちゃったっていうか。  美鈴   なにそれ!二人して美鈴に秘密にしてたの?  朝子   違う!ちょ、話聞いて!  美鈴   朝ちゃんは、美鈴よりなるちゃんのことが好きなんだ!  朝子   美鈴!  美鈴   もう朝ちゃんなんて嫌いっ!  朝子   話を聞きなさい!  美鈴   じゃあ、美鈴のほうが、すっ、好き?  朝子   ・・・バカ。二人とも大好きだよ。とっても大切に思ってる。  鳴海   朝子ちゃん・・・  朝子   あたしがあんたに言わなかったのには理由があるの。それは、その、    言いよどむ朝子。少しの間。やがて決心をし、深呼吸。 朝子   あたしが好きなのは、・・・・・・翔ちゃんなんだよ。  美鈴   え?  朝子   や、友達の弟を好きなんてさあ、しかも幼馴染じゃん!そんなの恥ずかしくて言えないよ! 鳴海   わ、わたし、この間たまたま二人が話してるところに鉢合わせしちゃって。      その時の朝子ちゃんみてたら、ね。わかっちゃってさ。  朝子   鳴海にはなんでもお見通しだからなあ。ほんっと恥ずかしい。  鳴海   そんなことないよ。朝子ちゃんがわかりやすすぎるだけだよ。  朝子   それはそれで恥ずかしいよ!  美鈴   ・・・・・・いつから?  二人   え?  美鈴   いっいつから、す、す、すきだったの?  朝子   ・・・ずっと前からだよ。中二くらいかなあ。  美鈴   そんな、前から・・・  鳴海   美鈴ちゃん?  朝子   やー、でも恥ずかしいなあ!美鈴なんてほんっと小っちゃい頃からの付き合いだし。      今まであんまりこういう話しなかったけど、話してみるとほんっと恥ずかしいね!やめやめ!  鳴海   美鈴ちゃん、お茶。 美鈴   え? 鳴海   こぼれてるよ。大丈夫? 美鈴   あ。 朝子   わ、バカ、大丈夫?ほらハンカチ! 美鈴   あ、ありがと。 朝子   もー、美鈴はぼーっとしてるからなあ。      ねー聞いてよ鳴海、こいつあたしがいないと未だに定期の更新すらできないんだよ? 美鈴   べ、別にいいでしょ!機械弱いんだもん。 朝子   あんなの機械っていうレベルじゃないって!中学校から何年通ってんのよ、あんた。 美鈴   べーっだ!朝ちゃんの意地悪! 朝子   あたしはあんたのこと心配してんの! 美鈴   そんなに心配なら、朝ちゃんがずーっと面倒見てくれればいいじゃん! 朝子   バカ、そんなわけにはいかないでしょ! 美鈴   なんでよ! 鳴海   ふふ、ふふふふ・・・!   二人のやり取りを見ていて、思わず笑ってしまう鳴海。 鳴海   あ、ご、ごめんね。二人ともほんとに仲良いんだなあって思って、微笑ましくなっちゃって。 朝子   仲良いっていうか、あたしと美鈴の場合ただの腐れ縁だけどね。 美鈴   家も隣だしねえ。 朝子   ほんと、これで男と女だったら最高だったのになあ。あーあ、美鈴がイケメンだったらなあー! 美鈴   とか言いつつ、ちゃっかり隣の家の幼なじみの弟に恋してるんじゃん、朝ちゃんは!   自分で言いながら、ちょっとむっとしている美鈴。それにまったく気づかない朝子。 朝子   まあね!でも翔ちゃんはそんなの関係なく、普通にいい男だよ! 美鈴   そお?あんっなののどこがいいんだか美鈴にはぜーんぜんわかんない!朝ちゃん見る目なーい! 朝子   そんなことないよ!ね、鳴海? 鳴海   え、わたし? 朝子   鳴海もチラッと見たじゃん。どうだった? 鳴海   あ、あー・・・普通に、かっこいいなって思ったよ。あ、でもどっちかというと可愛い系かなあ。 朝子   だよねー!翔ちゃんさあ、あんなかわいい顔してその上すんごくやさしーの!この間もさあ――   美鈴、ガタッと立ち上がる。 鳴海   み、美鈴ちゃん・・・? 美鈴   美鈴、サークルの先輩に出さなきゃいけないものあったんだった。忘れてた。 朝子   え?あんたのサークルってあのしょうもないインカレサークル、 美鈴   (遮って)なるちゃんも! 鳴海   へ? 美鈴   小林先輩んとこ、行かなきゃでしょ!ほら、行くよ! 鳴海   え、あ、うん。 美鈴   じゃ、ごめんね朝ちゃん。お昼休みもう終わっちゃうから、先行くね。 朝子   え、うん、いいけど。 美鈴   次のイタリア語、美鈴いつもの席がいい。 朝子   おっけ。 美鈴   じゃあね。   美鈴にぐい、と腕を引かれる鳴海。慌てて立ち上がり、 鳴海   えっと、ごめんね朝ちゃん、席取りお願い。 朝子   おー、任せて任せて! 鳴海   うん、じゃあね。   二人を笑顔で見送る朝子。 朝子M  やっぱり、美鈴と恋バナするなんて変な感じだ。      幼稚園から小学校、中学、高校さらには大学までずーっと一緒。      ま、中学からはエスカレーターだから当たり前なんだけど。      美鈴はああ見えて頭がいいくせに、外部受験もしないでそのまんまあがっちゃって、      "別にやりたいこともないし"とか言っちゃう。どっか危なっかしいんだよなあ。      反対に、大学から仲良くなった鳴海はびっくりするくらいしっかり者。      鳴海がいてくれるおかげで、あたしの負担も半分くらいになった感じがする。      真面目で、気が利いてかわいくて。      あー、あたしが男だったら彼女にしたい女の子NO.1なのになあ。      あれで彼氏がいたことないなんて、変な世の中だよなあ。     もぐもぐと、残りのカレーライスを食べる朝子。   朝子   インカレも大変だなあ。ん、ごちそうさまっと。   食べ終わり、ごくっとお茶を飲み干す。 朝子   あ、やっば!イタリア語、鳴海にノート借りるんだったのに・・・忘れてた。当たんないといいなあ。 ◆20XX年8月18日   なつ・美鈴のマンション。なつは黙々と作業をしている。ノートを広げ、それをつまらなさそうに見ている美鈴。 美鈴   ねえ。なっちん、最近煙草のにおいする。 なつ   気のせいじゃないですか。 美鈴   美鈴、煙草嫌いだもん。絶対気のせいじゃない。 なつ   そうですか。 美鈴   ちょっと!なっちん、まだ18でしょ?ねえ知ってる?20歳未満の喫煙は法律で禁止されて―― なつ   知ってます。 美鈴   じゃあやめて。 なつ   (ため息)吸ってませんから。 美鈴   シラきるの? なつ   事実です。   美鈴、むっとして、なつに後ろから抱きつく。    なつ   んなっ! 美鈴   ほーら、絶対煙草のにおい・・・あれ? なつ   離してください。 美鈴   美鈴、このにおい知ってる。 なつ   ちょ、っと、佐藤さんってば! 美鈴   あ。わかったあ! なつ   ・・・なんですか。 美鈴   へえ、そうなんだあ。   ぱっと体を離し、にやにやとなつを見る美鈴。 なつ   なにがですか。 美鈴   ねえなっちん、ほんとに吸ってないの? なつ   何回言わせるんですか。吸ってません。 美鈴   じゃあ、そういうことかあ。 なつ   なんですか、その含みのある言い方。 美鈴   美鈴ねえ、煙草嫌いなの。 なつ   さっきも聞きました。 美鈴   だからすーっごく敏感なんだあ、煙草のにおい。 なつ   はあ。 美鈴   これ、裕子ちゃんのにおいだよね? なつ   なに言ってるんですか。 美鈴   最近裕子ちゃん、極端にウチにこなくなったから不思議だなあって思ってたんだあ。      ラインも向こうからくること減ったし、なっちんは最近よくお泊りしてるし。 なつ   ・・・だとしたら、なんだって言うんですか。 美鈴   あ、あったりー?やったあ、美鈴ちゃん名探偵! なつ   放っておいてください。 美鈴   え? なつ   わたし、今これはこれで幸せなんです。だからなにも知らないフリして、放っておいてください。 美鈴   へえ。裕子ちゃんは美鈴のことが好きなのに? なつ   ・・・ッ!そんなこと最初っからわかってます。 美鈴   それでなっちんは幸せなんだ。 なつ   今はそれでもいいんです。 美鈴   なっちん、なんかかわいそう。 なつ   それを決めるのはわたしですから。 美鈴   そうだね。それはそうだ。   美鈴、にっこり笑って電話をかけ始める。 なつ   ・・・なんですか? 美鈴   なっちんが本当に幸せかどうか、美鈴が試してあげる。 なつ   なにを―― 美鈴   あ、裕子ちゃん?美鈴だよー!あはは、裕子ちゃんったら最近全然遊びにきてくれないんだもーん。      寂しくって、つい電話しちゃった。・・・うん、うん、あのね・・・裕子ちゃん、美鈴のこと好き?      ・・・・・・えへ、うれしー!じゃあね、そんな裕子ちゃんに1こだけお願い!ほんとにこれで終わり!      そしたら美鈴、すーっごいがんばれる!  もうね、すーっごい売れる新作書けちゃう!      あはは、ほんとだよー?美鈴嘘つかないもーん。あのね、今から、   耐え切れず、ガタッと立ち上がり家を飛び出すなつ。その瞬間、途端に退屈そうな顔になる美鈴。 美鈴   ・・・あーあ。あー、ううん!なんでもなーい!ごめんね、じゃあまたね、裕子ちゃん。     ちゃーんと、また美鈴に会いにきてね?うん!じゃあね、ばいばーい!   電話を切る美鈴。大きく欠伸をし、なつが座っていた椅子に腰かける。 美鈴   なっちんってほんっとに可愛いなあ・・・ ◆20XX年8月21日   美鈴と朝子、大学からの帰り道。なつと遭遇する。 なつ   (ぼそっと呟く)・・・来た。 美鈴   あれ?なっちんじゃん。偶然! なつ   どうも。 朝子   知り合い? 美鈴   うん!仕事関係の〜 朝子   あー。 美鈴   どしたの?今日は美鈴、実家に帰るって言わなかったっけ? なつ   聞きました。 美鈴   え、急ぎの修正ー?やだなあ、今日は仕事モードじゃないのにー なつ   違います。      ・・・はじめまして、佐藤さんと一緒に仕事させてもらてます、安藤なつです。 朝子   あ、はじめまして!月村朝子です。 美鈴   あはは、なんか変な感じ!朝ちゃんはねー、美鈴の幼なじみなの! 朝子   ただの腐れ縁だけどね。 美鈴   なっちん、美鈴の友達に会うのはじめてだよねー? なつ   はい。 美鈴   この子ね、まだ18なんだよ!現役女子高校生なの!すごいでしょ? 朝子   え、そうなんだ!なつちゃん?大人っぽい! 美鈴   仕事もキッチリやるしさあ、すんごいのー なつ   美鈴さんがギリギリすぎるだけです。 朝子   あはは、美鈴はなあ、危なっかしいよねえ、ほんと。お世話になってます。 美鈴   ちょっとー、どういうこと?一応締切には間に合ってるもん! 朝子   間に合えばいいってもんじゃないでしょ? 美鈴   むう、ちゃんとしてるよー、もう・・・ なつ   お二人は、本当に仲が良いんですね。 朝子   や、ほんとただの腐れ縁だから!あたしが世話してるだけ! 美鈴   世話ってなによう! 朝子   ほんとのことでしょー? なつ   佐藤さん、朝子さんがいないとダメなんですね。 朝子   まあ、保護者みたいなもんだから。 なつ   本当に、そうなんですか? 美鈴   え? 朝子   本当にもなにも、もうお世話しまくりだよ! なつ   ・・・やっぱり。朝子さんは鈍いんだ。想像してた通り。 朝子   ・・・え? なつ   佐藤さんって、朝子さんのこと好きなんですよ。もちろん、恋愛的な意味で。 朝子   え? 美鈴   ちょっと・・・! 朝子   や、やだなあ、普通に仲良いだけだよ?幼馴染ってこんなもん―― なつ   わたし、知ってますよ。佐藤さん。 美鈴   は? なつ   佐藤さんの日記。ずいぶん前に見ちゃいました。 美鈴   ・・・! なつ   最初はネタ帳かなって思ったんですけど、でもそんなはずないですよね。わたしたちBL漫画家なんだし。      朝ちゃんなんて明らかに女の人の名前、でてきませんよね。 美鈴   なつ・・・ッ! なつ   でもさすが佐藤さん!ちゃんとその妄想日記に書かれたことネタにして、原稿かいてるんだもん。   乾いた音が響く。目をうるませた美鈴と、頬を赤くしたなつ、呆然とした朝子。 朝子   み、美鈴、何やって―― なつ   朝子さん、知ってました?わたしたちのデビュー作って、幼馴染同士の純愛モノだったんですよ。 美鈴   帰って。 なつ   え? 美鈴   帰ってよ!そんなこと言うためにわざわざ来たの?最ッ低!   なつ、ほんのりと微笑を浮かべる。 美鈴   朝ちゃん、帰ろっ!   朝子の腕を取ろうとする美鈴。が、 美鈴   朝ちゃん・・・? 朝子   あ・・・あ、ご、ごめん!あたし、ちょっと・・・!   すっと美鈴から一歩離れる朝子。 朝子   ご、ごめん!よくわかんなくって・・・!ま、また明日!   そのままその場を去る朝子。 美鈴   朝ちゃん・・・・・・? ◆20XX年8月22日   チャイム音。朝子が扉を開けると、そこには美鈴がいる。    美鈴   あーさちゃん。 朝子   あ、美鈴・・・ 美鈴   もー、ラインも電話も全スルーなんだもん。おまけに今日サボったでしょ? 朝子   ・・・ごめん。 美鈴   なるちゃん、心配してたよ? 朝子   ごめん。   美鈴、そっと玄関へ滑り込む。    美鈴   美鈴ー、もしかして避けられてる? 朝子   え。 美鈴   もしかしてー、昨日のこと気にしてる? 朝子   ・・・・・・ 美鈴   え、ほんとに?あんなの信じちゃってるの? 朝子   だ、だって、 美鈴   あはは、朝ちゃんバカみたい! 朝子   で、でも美鈴さ、顔だけなら割と結構可愛いほうなのに、      なんだかんだずっと彼氏とかいないし・・・そういうことなのかなって。 美鈴   あれ、なんか褒められた? 朝子   こういう時に、冗談言わないでよ・・・ 美鈴   言うよ。だってぜーんぶ嘘なんだもん。 朝子   ・・・・・・ 美鈴   朝ちゃんがそんな真剣に悩むこと、ひとつもないのに。バカみたい。朝ちゃんバカ!大バカ! 朝子   そんなに何回もバカって言うな。 美鈴   あはは、そんなに心配なら、今度男の子紹介してよ。 朝子   中学から女子校生活のあたしに、そんな人脈あると思う? 美鈴   ないとおもーう! 朝子   でしょ。 美鈴   知ってた。あはは。 朝子   そっか・・・なんだ、真面目に考えてたの、バカみたい! 美鈴   でしょ?朝ちゃんは大バカ! 朝子   うるさいよ、美鈴。 美鈴   ねえねえ、美鈴ねー、今日朝ちゃんのお家にきたのには重大な理由があるのでしたー! 朝子   なに? 美鈴   ひっさしぶりにコレみたくなっちゃって、TSUTAYAで借りてきたの!   鞄の中から1枚のDVDを取り出す。 美鈴   あのほら、男の子と女の子のわんちゃんが、二人でスパゲッティ食べるやつ!      ちっちゃい頃よく見たじゃん! 朝子   うっわ、懐かしい・・・もうほとんど内容覚えてないけど。 美鈴   これ見よ見よー?朝ちゃんおっきいミートボール入ったスパゲッティつくってー! 朝子   今日はあたししかいないし、まあいいけど・・・あんた自分の家で見なよね。 美鈴   だってうちにはDVDプレーヤーないんだもーん。 朝子   そうだっけ?まあいいけど。 美鈴M  それに、これは朝ちゃんと見なくっちゃ意味ないんだよ。とは言えなかった。      こういう時、朝ちゃんが鈍くって助かる。      なんでこんなに好きなのに、朝ちゃんは気づかないんだろう。      なんで平気で好きな男の話とか美鈴にするんだろうって思ってたけど、      朝ちゃんが鈍感じゃなかったら、もうずっと前にこの恋は終わっていた。      朝ちゃんが料理をしているところを見るのが好き。ずーっと、その横顔を見つめていられるから。      普段は気づかれないように、息をひそめて盗み見るので精一杯なのに、      その間だけは、ずっと見つめていられるから。      まばたきなんかしたくない。もっと我儘いうなら、このまま時間が止まっちゃえばいいのに。   朝子が作ったスパゲティを食べながら、DVDを観る二人。 朝子   ミートボール、もう少し大きいほうがよかったかな。 美鈴   んー?美味しーよ? 朝子   ん。ならよかった。   沈黙。 美鈴   ・・・美鈴、朝ちゃんのごはんすき。おいしい。 朝子   ありがと。   再び、沈黙。 朝子   ねー、美鈴。 美鈴   なあに? 朝子   これさ。 美鈴   うん、美鈴も気づいてた。 朝子   だよね。 美鈴   犬であることには変わりないけどね。 朝子   白黒のほうの犬だけどね。 美鈴   かわいいはかわいいよ。 朝子   求めてたかわいさじゃない。 美鈴   それはー、・・・たしかに?   二人、顔を見合わせて笑う。 朝子   あはは、あんたほんっとバカ! 美鈴   だって犬ってことしか覚えてなかったんだもん! 朝子   あーもう、ほんとバカだなあ。 美鈴   うるさーい!でもいい、朝ちゃんのご飯食べれたし!満足! 朝子   はいはい。 美鈴   今度はちゃんとしたほう借りてくるから。 朝子   うん、また今度ね。   そのまま、「101匹わんちゃん」を見ながらミートスパゲティを食べる二人。 ◆20XX年8月18日   夜。裕子のマンション。 なつ   ・・・裕子さんの気持ちはよくわかりました。 裕子   なつ・・・ごめんね。 なつ   もうなっちゃんって呼んでくれないんですね。 裕子   ・・・ごめん。 なつ   謝らないでくださいよ。元々わたしのずるいお願いを裕子さんが聞いてくれた。それだけの関係です。 裕子   そんなこと、 なつ   ずるいついでに、最後に一つだけ、わたしのお願いを聞いてくれますか。 裕子   ・・・・・・なあに? なつ   ・・・裕子さんのこと、このままずっと、好きでいてもいいですか。 裕子   ・・・だめだよ。なつはまだ若いし、もっとあたし以外を見なくちゃ―― なつ   そんな優しい言葉とかいらないから!裕子さんはただ黙って、うんって頷いてください。      黙って、わたしの言うこと受け入れてください。お願いだから。 裕子   ・・・・・・ なつ   お願いします。もうそれ以上、何も望まないって約束するから。 裕子   わかった。 なつ   裕子さん。 裕子   でも!・・・前に進む努力はしなきゃダメだよ。 なつ   ・・・はい。 裕子   あたしはなつのことが大切なの。なつの才能も尊敬してるし、なつ自身のことも好きだよ。 なつ   知ってます。でも、ありがとうございます。 裕子   本当だから。 なつ   わかってますよ。 裕子   よかった。 なつ   ――23時半、か。日付が変わったら、わたしと裕子さんはもう恋人じゃないってことで。 裕子   あと、30分? なつ   欲張りですか? 裕子   ううん、それでなつが納得するんなら。 なつ   優しいなあ、裕子さんは。その優しさが、好きです。 裕子   優しくなんかないよ。 なつ   いいえ、優しいんです。でも裕子さんのその優しさは、人を傷つけることもある。      それでも好き。だってわたし、裕子さん大好き人間だから。      あとね、裕子さんって、顔をくしゃってして笑うでしょ。目じりに皺できるくらい笑うでしょ。それもすき。 裕子   ・・・・・・ なつ   あと、自分のかわいさに無自覚なところとか、危なっかしいけどやっぱりかわいい。      甘いものあんまり得意じゃないくせに、コンビニで新作スイーツがあるとつい買っちゃうところも好き。      あと、お酒飲んだ次の日のちょっと浮腫んだ顔とか。      今だって、ああ裕子さんってこんな切ない顔もするんだなとか思ってます。わたし、変態なんです。 裕子   ・・・・・・なつ・・・ なつ   裕子さんは、こんな変態にちょっとたぶらかされただけ。そう思っていてください。 裕子   ・・・そんなこと、言わせてごめんね。   沈黙。なつ、ちらっと時計を確認してそっと立ち上がる。 なつ   それじゃ、今日は帰りますね。 裕子   駅まで送ってくよ。 なつ   大丈夫です。 裕子   でももう遅いし、危ないよ。 なつ   こんな時に、優しくしないでください 裕子   あ・・・ なつ   これ以上一緒にいたら、わたし泣いちゃいますから。 裕子   ごめん。 なつ   そんな顔しないでください。さっきも言ったじゃないですか。わたし、裕子さんの笑顔が好きなんです。 裕子   ・・・ありがと。 なつ   さようなら、裕子さん。 なつ   ・・・・・・最後まで、裕子さんは優しいな・・・残酷。 ◆20XX年8月24日   なつと別れ、前のようにマンションへ顔を見せにくる裕子。 美鈴   わあー、久しぶりの裕子ちゃんだあー! 裕子   あはは、そんなにかなあ? 美鈴   そんなにだよー! 裕子   はいはい。久しぶり、美鈴。 美鈴   うん!もー、寂しかったよー? 裕子   なつも。久しぶり。 なつ   ・・・お久しぶりです。 美鈴   ねえねえ、なんで来てくれなかったのー? 裕子   やー、仕事が立て込んじゃってねー!ごめんごめん。 美鈴   ねー、なっちゃんも一緒に裕子ちゃんいじめようよー、なんでこなかったのーって。 なつ   (ため息)・・・なっちゃんって呼ぶの、やめてください。 美鈴   えー、なっちんもなっちゃんも一緒でしょ? なつ   違います。 美鈴   ちぇー、ケチ。 なつ   美鈴さん。わたし、ちょっと外出てくるんで。 美鈴   え、今裕子ちゃん来たばっかりなのにー? なつ   ここじゃうるさくて集中できませんから。 裕子   あ、ごめん!あたしすぐ帰るよ、会社戻らなきゃだし。 なつ   気にしないでください。そういう気分なんで。   俯いたまま立ち去るなつ。ドアを閉める間際に振り向いて なつ   岡本さんも、ごゆっくり。   なつ、去る。 裕子   ・・・はじめて聞いた。 美鈴   へ? 裕子   なつが、美鈴のこと名前で呼ぶの。 美鈴   あー、そう言われれば確かにー? 裕子   仕事とプライベートわけたいんです、とか言って佐藤さんって呼び続けてたのにね。 美鈴   ねー、わけたいとかいってルームシェアしちゃってるのに、なっちゃん変なとこでマジメだよねー 裕子   そこがまたなつの可愛いところだけどね。 美鈴   あはは、ほんっとなっちゃんってバカみたいに素直でかっわいいー なつM  あのあまったるい声で、なっちゃんって・・・      あの時の裕子さんと同じように呼ぶアレが、わざとだとわからないくらいには、わたしももう幼くない。      彼女はそういう人だ。いつも強かに、遠回しに、いやらしいやり方をする。      あの時の彼女を思い出してみる。 わたしの頬を叩いた手の温もりとわたし以上に傷ついた、泣きそうな顔をした彼女。      いつも自信たっぷりな彼女が見せた動揺に、あのとき、不覚にもわたしは――      ・・・美鈴さん。もう一度そっとその名前をなぞる。口になれないその言葉。甘すぎる、その言葉を。 なつ   美鈴さん、・・・ずるい。やっぱり大っ嫌いだ。 ←中編 Home→ inserted by FC2 system